夏のご馳走
子供の頃、太平洋側の海の近くに住んでいた。
家にいると、遠い波の音が聞こえた。
最初の頃は気にしていたが、慣れてくると当たり前になった。
風の向きによっては、潮の香りがした。
海の近くは、朝夕風が強い。
波は高く荒いし、遠浅ではないが 砂浜の続く海岸が、防風林の向こうに広がっていた。
ハマグリの禁漁が解禁になると、近所の人たちと干潮の時間を狙って、バケツを片手によく出かけた。
大きな波が、こちらへ向かって押し寄せてくる。
一旦、防風林側に走って引き返すが、波が沖に向かって戻ってゆく隙に、湿った砂浜を裸足でツイストを踊るように掘る。
すると、足の裏にハマグリの貝殻が当たる。
勿論、潮吹きではない。みっちりと身の詰まったハマグリだ。
運が良いと、砂に潜る直前の蛤がはみ出していて、素手で捕獲できる時もある。
次の波が押し寄せる直前まで粘り、また 防風林側へ走る。
これを、2、3時間繰り返すと、バケツは獲物で満たされた。
帰る時の一手間。ただでさえ貝殻の重量があるのだが、砂をはかせるため海水を満たして家まで歩く。
かなりな重労働ではあるが、この後の楽しみの為には欠かせなかった。
この頃私は、夏休みの頃には毎年こんがりと陽に焼けて真っ黒だった。
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私の父は、幼少の頃 やはり日本海側の海の近くで育った人だった。海産物が大好きで、我が家の食卓には魚貝料理がよく並んだ。
ハマグリ取りに行った日の夕食も、幸せなひととき。
比較的小さいものは、蛤の潮汁に。
大きいものは勿論、焼き蛤にする。時に、滅多にお目にかかれない超大物に出会うこともあった。
個人的には、程々の大きさのものが、子供の私には食べやすくて好きだった。
ハマグリを網の上で炙るのだが、パカっと口を開けた瞬間に 父が絶妙なタイミングで醤油を投入する。ジュワッと香ばしい香りが、そこらじゅうに漂う。
遠い波の音を聞きながら過ごしたあの頃。
庭には母が趣味で作った家庭菜園があり、形は少し悪くても新鮮な夏野菜が「これでもか」というくらい収穫できたので、食卓が賑やかだった。
また、矮鶏をつがいで買っていて、不定期ではあるが新鮮な卵が手に入った。
それらに海の幸が加わると、言いようのない贅沢さがあり、今思うと幸せな時代だった。
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