【私小説】#1 鵺と恐竜と私たち
11月末。
私たちは数年ぶりに都内の中華料理店に集った。
実の三姉妹のうち、長女である私と次女。そして、かつて継母だった彼女の3人だ。
彼女は父の3番目の奥さんだった。彼女と父が離婚してからもう15年経つが、離婚をしてからも三姉妹と彼女の4人で飲みに出かける仲だった。
しかし新型コロナ騒動があり、ここ数年会わずにいた。今日は久々の集まりである。
近況報告を一通り済ませた後、彼女が中座した。
スモーキングタイムである。
青島ビールをラッパ飲みしながら次女が言った。
「鵺っていいよね」
毎度ながら次女は唐突である。
「妖怪の?頭が猿で、胴が狸で、四肢が虎で、尻尾が蛇のあれ?」
容赦なしに運ばれてくる青椒肉絲やレバニラ炒めを頬張りながら答えた。
「うん。夜、不気味な声で鳴く妖怪として畏れられてたけど、実は鳴き声の主はトラツグミって鳥で、人によって作られたけど存在しないみたいな。なんかいいなって思ったから『鵺』っていう曲を作ってみた」
次女は趣味で曲を作っていて、時々弾き語りイベントに出る。子供の頃から次女は作曲をしては姉妹に披露し、みんなで歌っていた。きっと才能なのだと思う。
鵺。平安時代より不気味な鳴き声で恐れられてきた妖怪。鵺退治の伝説が残り、源頼政に退治されたとして文献に残っている。能の演目にもなった。
長らく人に恐れられていた鵺だが、文明が進むにつれ鵺の鳴き声はトラツグミという鳥の鳴き声だということが判明した。
トラツグミの体表は名の通り虎のような模様に見えることから、トラツグミをみた人が鵺の足だと勘違いしたのだろうと想像がつく。
存在しないはずの鵺は、人々の恐怖や噂で膨張し、明確なビジュアルまで描かれるようになり妖怪として命を吹き込まれた。
「恐竜は2度絶滅するっていうのに似てるね」
私には子どもが2人いる。小学4年生の娘と、小学2年生の息子だ。子どもたちが恐竜好きなので色々過去に調べた際、登録取り消しになった恐竜がいたのを思い出した。
「新種で名前をつけられたけど、見つかってる種の大型個体って判明したり、見つかっている種達の骨が混ざってたってだけで結局登録が取り消されて、存在しなかったってやつ」
新種の恐竜への夢が、きっとそうさせたのだろう。人によって生み出されたのに、存在すらない偶像。
「どっちもロマンがあるね」
「あるよね」
中座していた彼女が帰ってきた。
「何の話?」
姉妹ワールド全開の話なので、きっと彼女には理解できないだろうなと確信しながらもとりあえず答えてみた。
「鵺と恐竜の化石はロマンがあるねって話」
ポカンとした顔で彼女は答えた。
「全然わかんない」
「だよね」
そう言ってみんなで笑い合った。
私たちも似たようなものなのかもしれない。
以前は家族だったけれど、もう別々に暮らし、彼女に関しては父と離婚していて血縁関係もない。
かつて家族だった頃の楽しかった幻影を求めてこうして今も集まっているのかもしれない。
あるいは家族になろうと努めたけれど、空中分解してしまった悲しみを互いに埋め合うために。
元々家族ではなかったのに。もう家族ではないのに。それでも彼女と過ごした日々は、父と過ごした思い出よりも濃く、家族の温かい記憶として体に刻まれている。
鵺と恐竜と私たちは、きっとどこか似ている。