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【私小説】#3 サンタブーツ

子供の頃クリスマスの朝には決まって枕元にサンタブーツが置いてあった。

サンタブーツの片方にお菓子が詰め合わせてあり、11月末のスーパーの特設コーナーで山のように陳列されているあれだ。

クリスマスイブの夜子供達が寝静まると、父はサンタのようにそっと忍び込んで、枕元にサンタブーツを置くのだった。

両親が3歳の頃に離婚して父方の祖父母に引き取られてから、父は時々祖父母の家に顔を出した。
私が幼稚園にあがって再婚してからも、何故か継母が祖父母の家に一緒に暮らし、父だけがアパートで暮らしていた。
(もちろんそんな結婚生活は長くは続かず、3年ほどで再び離婚となったけれど)

大体日曜日の昼に来て、夜9時ごろ父は自分のアパートへ帰っていくのだ。
ある時から毎週訪れていた父が、次第に二週に一回、月に一度と間隔が空くようになった。

父が帰ってこないと知ると、継母は不機嫌になり、祖父母のいないところで私たち三姉妹にきつく当たった。
特に「来週は帰る」と約束したのに、破られて帰ってこなかった週は最悪だった。

父がいる週末だけ、継母は理想の母親になってくれた。
優しく微笑みかけ、和やかに話しかけてくれた。
普段の継母にとって私たちは幽霊か精神的サンドバッグのどちらかだったので、日々顔色を伺いビクビクしながら暮らしていた。

2度目の離婚で継母が出ていった日、見送った玄関で力が抜け、へなへなと座り込んだのを覚えている。

離婚してからの父は相変わらずで、二週に一度帰ってくれば良い方だった。もう次の恋人を見つけていたのだ。
(今思えば、離婚する前から恋人がいたから帰ってこなくなったのだろう。その恋人は後に一緒にクリスマスを祝うようになり、3番目の母となる。それが彼女だ)

それでもクリスマスイブになるとやってきて、珍しく泊まるのであった。
三姉妹のうち12月産まれが二人いるので、クリスマスついでに誕生日も兼ねたケーキでお祝いをするのだ。

そしてクリスマスの朝には、お菓子の入ったサンタブーツが枕元に用意されていた。年によってはパチンコの景品や、UFOキャッチャーの戦利品と思われるプレゼントが一緒に添えられていることもあったけれど、サンタブーツはクリスマスの朝の風物詩だった。

お店にあると輝いて見えるサンタブーツは、手に取ると驚くほど軽く、お菓子を取ろうと中に手を入れると、縁のプラスチックのバリが手の甲を引っかくので不愉快だった。お菓子も見た目ほど沢山は入っておらず、ラインナップも微妙で、中のお菓子を全部だして並べ終わると毎回少し残念な気分になるのだ。

今思うと父はサンタブーツに似ている。

父が帰ってくるのを心待ちにしていたはずなのに、来たら来たでソファで寝ているか、興味のないキャッチボールに付き合わされてグローブを持つ手がヒリヒリと痛くなり、あまり会話もしてくれずがっかりしてしまう。

それでも11月になるとスーパーのサンタブーツが眩しく見えるように、私は月曜日になると父の帰ってくる日曜日を指折り数えて心待ちにし、タバコ臭い父の匂いを恋しく思うのだった。

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