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【私小説】#4 彼女と渋谷とオープンマイク

「ねぇ、波瀾万丈な人生を本に書いてみたら?」
渋谷のバーのカウンター席で、ビールジョッキを傾けながら彼女は言った。

彼女とは、かつて親子関係だった。
彼女は父の三番目の奥さんで、父と離婚しても私達三姉妹とは時々近況報告をし合い、年に一度は飲む仲なのだ。
今日も三女は欠席で、次女はこの店のオープンマイクで弾き語りをするため準備で控えている。
しばらくの間、私と彼女の二人で飲みながら次女の出番を待っていた。

彼女が母親だったのは高校入学から五年間だが、小学校中学年の頃から父の恋人として付き合いがあり、クリスマスには一緒にケーキを作ったし、毎年欠かさずキャンプへ出かけた。
私達にとって彼女は母親というよりも、年の離れたお姉さんのような存在である。

「それは面倒くさいよ。子供の頃の記憶って曖昧だし、文字で書き起こすことで過去のパンドラが開くかも」
苦笑いしながら、私もハイボールを一口流し込む。

「そうか、無神経なこと言ってごめんね。でもみんなちゃんと大人になってて偉いよ。父には未練がないけど、かつての娘達には幸せになってほしいって心から思ってる」

「こちらこそ、うちの父が若い娘さんの大切な時期を奪ってしまって申し訳なく思っているよ。しかも三つのコブ付き」

「初めて言うけど私、父に子供がいなかったら結婚してなかったと思うよ。」

「そうなの?」

「初めて三姉妹に会った時、小さな三姉妹に惚れたんだよ。みんな目がキラキラで、きっと寂しいこととか沢山あるはずなのにそれを感じさせないくらい朗らかで。だから、一緒に幸せになりたいなって思ったんだよね。結果傷付けちゃったけど」

彼女が視線をジョッキに移した。
いつもしっかり目を見て話す彼女は、後ろめたい時に視線を外す癖がある。

彼女も傷ついているのだ。
そして結婚を継続できず、母親という役から降りたことに後ろめたさを感じている。

「そんなことないよ。今でも季節が巡るたびにみんなでキャンプに行ったことやクリスマスケーキ作ったことを思い出すし。楽しい子供時代を送れたこと、感謝してる。私も結婚して子供産んでから気づいたんだけど、結婚って本当維持するの難しいよ。特に父は結婚向いてないから」

「実はさ、父を愛していた頃占い師さんにみてもらったことがあるの。父は前世の恋人をずっと現世で探し続けてるんだって。そしてそれは私ではなかったみたい。でもその時は父を愛してたから『私が前世を超えてみせる』とか思っちゃったんだよね。彼がそんな旅をしていると思うと許せる気がしない?」

「へぇー。だからどこか地に足がついてないのか。子供の頃は責任感ない親だなぁと思ってたけど、今は婚姻関係に縛られない最先端をいく人なのかもって感じるよ。一般的なイメージの父親とはかけ離れてるけど、そのおかげで色々勉強になったし、人生の糧になったと思う」

端的に言うと、誰も悪くないのだ。

いろんな人間がいて、いろんな人生の向き合い方がある。

それを型にはめてジャッジするから、善と悪が生まれてしまうのだ。

「とりあえず私はこうして君達とお酒が飲めているのが嬉しいよ。本当、いい大人になった!」
勝手にジョッキを掲げて一人喜ぶ彼女をみて吹き出してしまう。

きっと子供が大人になるにあたって障壁は数え切れないほどある。
例外はあるが、子供はその障壁を自ら乗り越えていくことで成長する。
一つの事象に対しても、どのように感じて結論づけるかは子供の心が決める。

そこまでは誰も手を差し伸べることができない。
生まれた環境や恵まれなかったことについて、恨みを募らせるものもいるだろう。
一方で似た状況下にいても、カラッと平然と暮らしているものもいる。

私は紆余曲折しながらも、今では過去の出来事全てがギフトであると気づき、世の中の全てが完璧にできていると確信を持っている。

ギターを抱えた次女がステージへ躍り出た。
観客よりも先に私と彼女が拍手と野次を送る。

次女の作った曲はなかなかに好評で、私たちまで誇らしい気持ちになった。

弾き語りを終え、緊張から解放された次女がおどけて戻ってきた。
普段は無愛想な大人になったが、気分がよくなると子供の頃の次女がこうして顔を出す。

私達は思い出話をしたり、曲の出来を誉めたり曲の意味を解説したり、近況報告をしたりして、時に笑い転げながら語り合った。

とろりと甘い、ウィスキーのような夜だった。

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