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Vol.8 ベンチャーと大学、華麗なるギャップ - 組織の海を泳ぐ、サバイバル術

私は、幸運なことに、現在、二つの異なる世界で生きている。一つは、自ら立ち上げたベンチャー企業の経営者として。そしてもう一つは、大学で研究と教育に携わる、教員として。まるで、F1レーサーと、ヨットの乗組員を、同時に務めているようなものだ。

自分の会社は、小さなボートのようなものだ。進む方向も、スピードも、すべて自分で決められる。もちろん、荒波に飲まれそうになることもあるが、その分、小回りも効くし、何より自由だ。思い立ったら、すぐに実行。朝令暮改も日常茶飯事。まさに、「Just Do It」の世界だ。

一方、大学は、巨大な客船に例えられるだろう。多くの乗客(学生、教職員)を乗せ、決められた航路を、ゆっくりと、しかし確実に進んでいく。そこには、厳格なルールがあり、船長(学長)の指示のもと、全員が一丸となって、船を動かしている。

例えば、予算の使い方一つとっても、この二つの世界は、驚くほど違う。ベンチャーでは、「面白そう!」「必要だ!」と思えば、私の鶴の一声で、すぐに予算を確保し、実行に移すことができる。しかし、大学では、そうはいかない。「いつ、どこで、何のために、誰が使うのか」を明確にし、申請書を作成し、上長の承認を得なければならない。さらに、「このお店は領収書が出ないからダメ」「購入日が予算の対象期間から1日ずれているからダメ」…などなど、細かなルールが、これでもかと言うほど存在する。

さらに、これは大学に限ったことではないが、自分の会社ですら、補助金を申請するとなると、途端に巨大客船のような手続きを求められる。本来なら、もっと安価に、スピーディーに実現できるはずなのに、補助金の規定に合わせるために、無駄とも思えるコストが発生してしまう。例えば、ある機材が必要になった時、普通に購入すれば安く済むのに、「購入は不可、レンタルのみ」という規定のために、割高なレンタル料を支払わざるを得ない、といった具合だ。

もちろん、補助金は、元を辿れば税金だ。厳格な審査や手続きが必要なことは、百も承知だ。しかし、もう少し、効率的かつ柔軟に、そして何より、申請者側に立った運用はできないものだろうか。IT技術がこれだけ進歩しているのだから、例えば、AIによる申請内容の事前チェックや、過去データの分析に基づいた不正検知システムの導入など、効率化と安全性を両立できる仕組みが構築できるはずだ。

そして、もう一つ、声を大にして言いたいのが、「書類の多さ」についてだ。申請書類、報告書類、その他諸々、あらゆる場面で、紙、紙、紙…。何度、自分の名前と住所を手書きしたことだろう。デジタル化が進む現代において、これはあまりにも非効率ではないだろうか。指紋認証や顔認証など、生体認証技術も進化しているのだから、本人確認書類の提出なども、もっと簡略化できるはずだ。

もちろん、大学の予算が、税金や学費といった、公共性の高い資金で賄われている以上、厳格な管理が必要なことは、頭では理解している。また、補助金についても元は税金であるため厳格な管理が必要なことも理解している。しかし、ベンチャーのスピード感に慣れきった私にとって、この「お役所仕事」とも言えるプロセスは、正直、もどかしく感じてしまうことも多い。

大きな組織になればなるほど、この「もどかしさ」は増幅される。巨大な船が、すぐには舵を切れないのと同じように、多くの人が関わる組織では、意思決定に時間がかかり、変化への対応も遅くなる。「出る杭は打たれる」ということわざがあるが、大組織では「そもそも杭が出にくい」という状況さえある。「前例がない」「規則で決まっていない」という理由で、新しいアイデアが、芽が出ないうちに摘み取られてしまうことも少なくない。

しかし、誤解しないでほしい。私は、決して、大学組織や補助金申請の手続きを一方的に批判したいわけではない。巨大客船には、小さなボートにはない安定感と、スケールメリットがある。優秀な人材が集まり、潤沢な資金と設備を背景に、社会的に意義のある研究や、次世代を担う人材の育成が行われている。

要は、どちらが良い悪いではなく、それぞれの組織に、それぞれの役割と特性があるということだ。「小さく、早く、挑戦する」ことが得意なベンチャー。「大きく、じっくり、深める」ことが得意な大学。

「船乗りは、船酔いしている暇などない」とは、かの渋沢栄一の言葉だが、私も、二つの異なる海を渡り歩く船乗りとして、それぞれの海流を読み、風を読み、そして何より、変化を恐れずに、航海を楽しんでいきたいと思う。

この航海の先に、どんな景色が待っているのか。それは、まだ誰にも分からない。しかし、だからこそ、面白いのだ。

皆さんは、どんな船に乗り、どんな航海をしたいですか?


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