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あり得ない日常#86
知らなければ赦されるのかといえばそうでもない。
何もしさえしなければ罪は無いと言いたくても、命を繋ぐために普段自分が口にしているものを考えると、果たして罪など無いと言えるのだろうか。
あくまで、そういう生業をしている人物に罪が集中してあるわけであって、自分はたまたま商品として売られているものを口にしているだけだ。
そこで思考を停止してしまえば、なるほど確かに自分に罪は無いと思い込むことはできる。
だがその先がある以上は、残念ながらそうではないということだろう。
いやいやしかし、心配しなくていいはず。
なぜならユニークなものではない、皆等しく背負うものだからだ。
生きていくためには仕方がなく、人間に限らず生き物として自然な弱肉強食の世界に生きる者の宿命のはず。
ならば、そもそも罪として捉えるのはどうなのだろう。
あまりにも卑屈が過ぎやしないか。
そうだ、そうに違いない。
じゃあ、何も知識が無くても、特技など無くても、例え何もしなくても、なにも悪くなど無い。
ただひたすら何もせず、いかに波風を立てることを忌み嫌い、この命が尽きるその時をひたすら待ち続けるほかない。
自分は何も悪くない、いかなる罪もひたすら被ることが無いように、最小限の行動にとどめ、ひっそりと身を縮めて生きていくしかないわけだ。
過去の数々の失敗や、周囲からの批判や陰口すらも、知らなかったが故の失敗であって、誰かが噛み砕いて5歳児でも理解できるように教えてくれなかったのが悪い。
そう、自分は何があっても悪くない。
悪いはずがない。
まして罪などもってのほか。
だから、動画サイトやSNSでやたら目立つ人間は極めて異端で、周囲に対して主張を述べている人間の気が知れない。
いったい何を言っているんだ。
まるで善人ヅラ下げて、自分だってまともな人間じゃないだろうに、よくそんな堂々ともっともらしいことを言う。
偽善もいいところ、もはや人間のやる事じゃない。
証拠?論理?クソ喰らえ。
おれが理解できないんだから、そんなものは意味が無い。
あるわけがない。
あってたまるか。
なのになんであいつはおれが持っていないものを持っているんだ。
こんなの不公平じゃないか。
あんなふうになりたくない。
あんな奴みたいにはなりたくない。
―― 由美さん?
「なんか遺書みたいなのが出てきた。」
社会の闇だね。
遺書なら、もういいんじゃない?
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※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。