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あり得ない日常#83
「すっかり遅くなっちゃったね。」
「どうする?電車ないでしょ。」
夜中の独特の雰囲気、時計を見れば日付が替わろうとしている。
お客さんがいなければ、閉店時間を繰り上げたりして工夫をしているようだが、わたしたちのお尻にすっかり根が生えたばっかりに時間いっぱいまでお店にお世話をかけてしまったようだ。
時折訪れては、長話をしていくメンバーだとすっかり定着していないか心配ではある。
出禁にならなければいいのだが。
「タクシーで帰ろうよ。」
すっかり藤沢さん、いや誠次さんのリーダーシップに頼る流れ。
先輩後輩は置いておいて、歳もひと回り彼が上なのだから、そういう素質を持った人にガンガン前に出てもらった方が円滑に進むだろう。
「香菜ちゃんどうする?」
わたし?お邪魔じゃない?
「もう、からかわないで」
こう言うが、由美さんはどうやらまんざらでもないご様子。
誠次さんにちらっと目配せをするが、どうやら理解していないらしい。
まだまだこれからか。
「じゃあ、お二人気をつけて。
由美さん、またチャットで資料送るからよろしくね。」
駅前の客待ちタクシーにたどり着くとさらっと解散する。
もうじれったいからさっさと進めろよと思うところ半分、しかしこういうのはじれったい時期ほど楽しくも盛り上がるのかもしれない。
由美さんは乗り気のようだが、肝心の藤沢誠次さんという三十代半ばのお兄さんは一体どう思っているのやら。
仕事だけの関係なのか。
いやいや、お店のあの雰囲気では結構、距離の近さが目立っていたから、何もなくはない、と思う。
違ったら気まずくなって関係が空中分解しかねないし。
「…どう思う?」
え、どっち?
「どっち、いや、企画通るかなって。」
あああ、仕事のほうね。
一旦、企画としてやってみるのは良い案だと思ったよ。
ダメならすぐに引けるし。
「無名のコラボでもいけるかなあ。」
支援の人に声かけるのも良い案だと思うよ。
社長も街に少しは恩返しがしたいって言ってたからね。
「そっか、ありがとう。」
いや、巻き込んじゃったのはこっちだし。
むしろこちらこそありがとうだよ。
「一人だったから、最近はこの辺りが限界かなあって思ってたんだ。」
そっか。
「あのさ、せ..いやなんでもないや。」
うん?
少なくともこの街の人達は、迫りくる海岸に追いやられるようにして高台に住むようになり、かつて広がっていた関東平野の旧市街を見下ろしながらの生活もすっかり当たり前になってしまった。
わたしはそんな全盛期の時代を知らない若者の一人だが、人々は明らかに衰退の歩を進めているとはいえ、そうでなくては出会えなかった関係だってこうしてあるのだから、今は前だけを見るとしよう。
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※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。