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あり得ない日常#64
人が人工知能技術の発展で得られたものは、自動化と膨大な量のデータを処理してくれる便利な道具、だけではなかった。
半導体の小型化や計算速度と能力を各国が競う。
当然、突出した技術はそのまま軍の力にも見て取れるため、主義が異なる国にとっては脅威以外の何物でもないからだ。
また、プライドが高い民族は一度世界の頂点に立つと、その座を必死に守ろうとするだろう。
そのため、他者からの干渉を異常に嫌う。
国が、ひいては党が認める"優秀な"人物たちの指導の下、人命よりも社会秩序の維持を優先する体制を貫く国家がかつてあり、一時は大変な経済発展を遂げた。
トップダウンだからこそ、素早く成せることだってある。
世界的な感染症が流行れば都市や地域すら、指導部の一声でいち早く封鎖でき、逆らえば逮捕できる。
高速鉄道の機械的な問題によって起きた正面衝突という大惨事は、ろくな調査もすることなく、その場に地中深く埋めるという驚きの解決法を見せた。
とある市内の交差点が陥没崩落し大穴が出来た時は、巻き込まれた自動車や多数の遺体をそのままにしたまま道路の復旧を優先させるという、なかなかの大技も見せた。
人命よりも社会秩序の維持が重要だからだ。
民主的な選挙という概念が無いため、一度上役に睨まれるとその後の人生や命に関わるばかりでなく、家族や親族にも塁が及ぶ。
しかし、よく考えればそれまであった王朝、皇帝の支配社会をそのまま引き継いだようなものだろう。
国民も慣れたものだ。
例えば自分たちが何を話しているのか、周囲にもよく聞こえるように話す。
なぜだろうか。
簡単だ。悪口を言っていたと密告されかねないからだ。
自由な国に住む人たちからしてみれば、彼らに接した時の大きな声はまるで怒っているかのように聞こえる。
しかし、彼らにとってはいたって普通であり、それが常識なのだ。
そんな国で人生を送るならどうしたらいいだろうか。
それは若い時は勉学に勤しみ、品行方正であって、"党員"資格を持つことに尽きるだろう。
当然、下手なことは出来ない。
技術が発展した21世紀初頭には、いよいよ人工知能も登場したため、膨大な量の情報をより早く、それも正確に捌けるようになった。
至る所に文字通り番人のごとく、監視カメラが街の秩序を24時間守っていることを忘れてはならない。
インターネットには間違っても政治的な批判など絶対に書いてはならないだろう。
そこまでして積み上げたキャリアだ。
ちょっとした失敗も、ましてや部下の責任を取るなんてことはできるだけ避けたいもの。
出世争いを家の名誉に懸けて、子のためにも一生続けなければならない。
少しでも嫌われていれば、例え事件と関係が無くても、競争相手から秘密裏に何かの責任を負わされてしまう。
そんなことになれば死んでも死にきれない。
一番コスパが良いのは贈り物だろう。
袖の下は大変に有効な手段だ、バレなければ。
海外旅行も気をつけなければならない。
帰国後に他国のスパイだと疑いをかけられないように。
疑いをかけられたら最後、潔白を証明できなければ相手の思うつぼだ。
もし、都合の悪いことが起きたら?
君なら素直に報告できるか?
ここまで苦労して積み上げたキャリアをドブに捨てるのか?
良心?そのあとの地獄に耐えられるのか?
都合の悪いことは徹底的に秘密にするしかない。
バレたらバレたで仕方がない。
何が何でもバレない方に賭けないと、自分だけじゃない。
一族まとめて路頭に迷う事になる。
そういえば、20世紀後半に秘密が秘密を呼んで、最悪の事態になった原子力発電所があった。
チェルノブイリだったか。
我々の社会は一体どこに向かっているのだろうか。
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※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。