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あり得ない日常#93

 早朝、日の出もまだだというタイミングに自分の寝言で目が覚めて、仕事に向かおうと電車に乗り込むが、降りる駅が見当たらない。

 おかしいな。

 大昔からあるまだ土木技術が未熟な時代につくられた川沿いの線路はそのまま乗り続けると山の向こうの知らない土地へと向かっていく。

 幸いなことに、あまりの雪深さと気温の低さも相まって運転見合わせとなり、街を少し離れただけでそれ以上向かうことなどできなかった。

 季節は違うが、しかしどこかで見た景色だ。

 それまで車窓をぼんやり眺めているとそのように感じる。


 旅行に出かけたのではない。

 少なくとも私の職場は山間にはないはず。


 なんだろうか、もっとこう――

 ビルが立ち並んでいて、大勢の人が気忙しく一方向に足早く歩きつつ、駅を出たかと思うとそれぞれの目的地に蜘蛛の子を散らすような光景というか、そういう世界だったような。

 ああ、いけないいけない。

 そっちは違った。

 だいたい、仕事ってなんだよ。

 ふふっとなんだかおかしくなって、肩にかけるバッグから端末を取り出すと音楽を聴くことにした。

 昔なら有線のイヤホンを繋げているところだが、今は違うじゃないか。

 その日の終点で電車を降り、来た道を引き返す。

 内陸に向かえば向かうほど気温が下がるから、雪がより存在感を増していて明らかに普段とかけ離れたあり得ない状況で正気に戻ることが出来た。


 まるで逆方向に思い切り来てしまったから、これから自分の持ち場へ向かうのはまた時間がかかりそうだ。

 接客の仕事だったらばすみませんと、昔の時代のように遅刻するから、もしくは休みますと一報入れるところだが、幸いそうする必要は無い。

 しまったどうしようと、しばらく心臓がバクバクしていたが、冷静に考えるとその必要がおおむね無い状況と時代であることを思い出して、ちょっときまぐれで遠出してみた帰りといった感覚に移行した。


 端末の画面を見ると、管理すべき機器は正常に動作しているようで、監視カメラをモニタしても問題は無いようだから、わざわざ現場に向かう必要もなさそうではある。

 しかし、藤沢さんたちのところへは向かった方がいいだろうか。


 とはいえ、まだあのレンタルオフィスにいる時間では無さそうだから、一旦自分の部屋に帰ることにしよう。


 たまには意味の無いことをやるのもいい。


※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。


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