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あり得ない日常#96
「いやあ、うっかり寝過ごしちゃうところだったね。」
一日中歩き回っちゃったから、つい寝ちゃったね。
「日陰はさすがに寒かったけど、良い景色だったなあ。」
もう少し行ったら温泉があるみたいじゃない。
次はそこまで行ってみたいな。
「いいね、でも大丈夫?」
どうして?
「ううんと、身体の傷とか気にしてたじゃないか。」
一人だとね。
色々思い出しちゃうけどあなたが居てくれるんでしょ?
「じゃあ、いつか家族風呂とか貸し切っちゃおうか。」
それならいっそ、一泊したいなあ。
「あはは、君がいいなら。」
でも、そんなに都合よくお休みとれるの?
あなたの担当って特殊じゃない。
「そうだねえ。なかなか進んでやりたいって後輩はいないからなあ。」
わたしはあなたのおかげで今の仕事をさせてもらってるから、あなたの話をするとマネージャーも快く合わせてくれるから感謝してる。
「そうか、ならよかった。
でも直接何かしてるわけじゃ無いし、お互いよく顔を知ってるっていうだけだよ?」
それでもよ。
じゃないと、今の私なんて昔の私からしたら想像もつかないもの。
空が朱く染まる中、そうお互いにお互いでしか出来ない話をしていると、手を繋ぐ5歳くらいの男の子とそのお母さんらしき親子を見かけて、しばし沈黙の時間が続く。
私、男の子が欲しかったんだ。
「そうなんだ。」
選びに選んだ彼の答えはこの一言しか出なかったのだろう。
まだ子供だったとはいえ、突然親になってしまった上に、もうその娘はとっくにいなくなってしまったのを知っているから。
気を遣わせてしまった。
あの子には申し訳ないけど、今はこの人のおかげでなんだか人間の心をかけらながらも取り戻せたような気がしている。
優しい命の恩人である、彼の子供をなんとかつくってあげられないかと思うのは傲慢だろうか。
そんな事情だからと、あの子は許してくれないだろうか。
この沈黙の時間をなんとかすべく出た言葉。
ね、もし子供が出来たらどんな名前にしたいか聞いていい?
「ええ?考えたこともなかったなあ。」
警察の仕事一筋で生きてきた彼は、浮いた話題が苦手なのは知っている。
高校時代、周りの友達と合わせないと居場所がなかったからコンビニでバイトをして、そのお金でマックに行ったり、カラオケ行ったりしていた自分とは真反対に、真面目に生きてきた彼だろうから。
ひと回り近く年上だけあって、なかなか話題が合わない事も多いが、だからといって命の恩人であることに変わりなど無いし、恩を返したい。
「男なら"しんじ"、女の子なら"ゆみ"かな。」
私は真実、彼は裕二だからその文字をとって、らしい。
"ゆみ"はどうして?
「弓道で弓ならまっすぐ的を、芯を貫きそうじゃないか。」
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※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。