
あり得ない日常#51
「オレ先輩だからさあー、いくらでもアドバイスできるよ」
懐かしの新人時代、研修で通った相変わらずの場所に、相変わらずの先輩がここにいる。
いつもなら、ため息をつくところだが今日は藤沢さんを連れてきているので一味違う。
「なにー?久しぶりに見たかと思えばずいぶん偉くなったじゃん」
偉くなったつもりなんか、もちろんない。
あれからほぼ一人でいられる空間で、業務というよりは作業を淡々とこなして、井上さんの依頼どおり、新人さんに引継ぎまで可能かもしれないというくらいに内容を伝えてきただけだ。
「オレさ、あれから資格取ったんだよねー、お前持ってないだろー」
はあ。
どんな資格か尋ねる。
というよりは勝手にべらべら喋るので、ただ聞き流している。
どうやら国家資格というわけではなく、民間の一般社団法人がやっているシステム管理の資格らしい。
わたしは確かにその資格は持っていないが、学位の中に含まれている。
基礎知識に毛が生えたようなものだ。
今まで携わってきたことの結果として、何らかの形に出来たのは評価できるかもしれない。
よかったですね。
藤沢さんも、にこやかにしているが、心なしか笑顔がひきつって見える。
おそらく新人さんに、そうあるべきという姿を先輩なりに見せているつもりなのだろう。
だがこれでは、その資格への風評被害にしかなっていない気がする。
こんな人でも取得できる資格なのかと思われるだけ迷惑だろう。
さて、この拠点は20人ほどが携わっている他よりも大きな場所だ。
急いでいるわけではないが、急いでいる体にしてしまって、さっさと先輩から離れることにする。
周辺にいる人たちに軽く声をかけて回ると、懐かしい顔も見る中、知らない人も増えているので、わざわざ来てどちらにも気を遣わせてしまったかもしれない。
少しトイレに行ってきますねと藤沢さんに伝えてその場を離れようとすると、気になったものがあるらしく、少し話してきていいですかと聞かれたので、どうぞと答える。
外部からモニタリングできるので、ずっと詰めている必要は無いはずだが、家にいる事が苦手なのか、ほとんど毎日訪れる人もいる。
そういえば藤沢さんが言っていたが、奥さんと家にいるのが気まずいからと、以前の労働法制でいう休日は娯楽施設を巡回、はしごしている人も職場にはいたという。
子供が小さいうちは、まだ良かったらしい。
難しいなあと答えに困りながら話を聞いた記憶が、なるほど昔から不思議に思って見ていた社員さんと繋がり、合点がいく。
そうなんだ。
会社として、常駐してくれる分には、何かと対応が早くなる分利益になるだろう。
捕まった、あの彼らのようにならなければの話だが。
井上さんと同世代の女性も、知らない顔も含めて出入りがあるので、あの時よりは格段に安心ではある。
契約や携わる業務によっては、スケジュール帳を会社に拘束されることがあるが、より収入が欲しければ同業他社を除いて契約することも可能だ。
マネジメントは専用のそれこそ資格があるので、長く勤めたからといって上役になれるわけではない。
チームとしての責任者という概念はある。
あとは、会社の株をそれなりに引き受ければ当然に役員に就くくらいで、もっともそんなケースは創業メンバー以外では滅多にないだろう。
いわゆる管理職というポジションにつきたければ、マネジメントの資格とその業界の知識や経験を積む必要がある。
あとは、募集を見つけて契約に漕ぎつければいい。
出世競争が好きな人は、そんな道もある。
手っ取り早く、自分で会社を作ってしまえば良いのにと言ってしまえば元も子もないので、それはここだけの話にしておこう。
先輩のような人もきっと、少なくはないだろうからなあ。
まだ、どんな風に思われているのか知らないが、すっかり楽しそうに話し込んでいる藤沢さんに声をかける。
後はもういいだろう。
あと一か所行こうかと思っていたが、ここで用は済んでいそうなので、わたしは次の用事に向かいますねと伝えて、一人で出ることにした。
携帯端末をそっと見ると、特に問題もなさそう。
由美さんに食事に誘われているので、少し早いが距離もあることだし、さっさと駅に向かうのだった。

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。