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あり得ない日常#74
おはよう、ございます
様子を探るように久しぶりに部屋に入ってみると、本当に久しぶりに自分一人のようだ。
今日は藤沢さんもいないらしい。
藤沢さんの自宅はわたしの自宅とはまったくの反対方向なので、事前に打ち合わせでもしない限り居合わせることはほとんどないだろう。
機械の廃熱が気になるので、まずはそれを見て回ろうか。たまにセンサーが示す値が現状と違ったりすることがある。
収納棚もわたしがやっていた頃よりむしろ細かく仕訳けられていて、藤沢さんの性格が見て取れる。
そうか、こうしたほうがいいのか。
生活のクセもこういう何気ないところに出ちゃうんだよなあ。
監視カメラでモニタリングしているのが人であれば、むしろ後から来た男性、下手に若い女よりもよほど丁寧じゃないか、なんて言われそうだ。
人工知能が発達した社会で良かった。
そう思うと余計に何か負けた気がしてならない。
特に問題は無さそうだし、しばらく様子を見てチェックリストで報告すれば、今日はもう帰宅してもよさそうだ。
そう思ったところでハンドバッグの中の端末が振動している。
なんだろう、藤沢さんだ。
今日は社長の事務所にいます。申し訳ないのですが、そちらが済み次第来ていただいてもよろしいでしょうか、とある。
あまりない藤沢さんからのお呼び出しに、いよいよ今度はわたしがいなくなる番だろうかと少し身構えてしまった。
いやいや、それならもう少し社長からもそういう相談があるはず。そう気を保とうとするが、どうも落ち着かない。
『わかりました、終わったら行きます。
今から一時間くらいで着けると思います。
なんだか少し怖いです。』
こう付け加えざるを得ない。
すると、
ああ、あの新しい話の件です、とすぐに返ってきた。
良かった、あと一時間はビクビクしてドキドキしながら向かわなければいけない所だった。
いよいよこの世界にも自分なんかが居ちゃいけない、そう突き放されるのかと愕然とする自分が一瞬頭をよぎったくらいには恐ろしくなっていた。
よく考えるとそんな話なら、せめて通話はあるかもしれないが、わざわざ呼び出しをしなくても、やろうと思えばさっさとできるだろう。
いくら最低給付保障制度があるとはいえ、翌日からまた人生が変わるわけだから、ある程度事前のコミュニケーションくらいはある。
私物と言えばそうだな、ここのキッチンにおいてある自分のマグカップくらいだし。
そういえば最近、井上さんの姿を見ていないな。
そのマグカップを片づけて部屋を後にする。
日差しが強いが、今日は雨は降らないようだ。
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※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。