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あり得ない日常#66
長い間世界は厚い雲で覆われている。
それまでは青い空とまばゆい太陽の光で満ちていたという。
気象の大きな変化に地上の生物は対応を迫られ、変化できない者は滅びていくしかなかった。
さらに悪いことに、それまでの文明を支えたプラスチックの小さな破片や粉が生きにくくしてくれるのが厄介だ。
ここから北東へしばらく進んだ先にはかつての気象観測所があって、そこには大量の紙を使った資料が残されている。
当時は文明がとても発達していて、空飛ぶロボットが様々なものを運び、情報に至っては遠く離れていても瞬時に伝わるような世界だったと。
衰退して後退した今の私たちは、それをどのようにして実現していたのかまるで見当もつかないファンタジーな世界に思えるが、存在していたというのだから信じられない話だ。
それがなぜ、こうなってしまったのだろうか。
「ほい。」
熱っい!
「大げさね、そんな熱くないでしょうに。」
アルミ缶詰をふいに頬に当てられたもんだからつい大きなリアクションをしてしまった。
中にはミンチ肉のようなものが詰まっているが、ほぼ大豆で出来ている。魚や肉はかなり貴重なため、それに混ぜる形で加工される。
どんな仕組みなのかわからないが機械で行われるから皆助かる。
「なんでだろうねえ。」
そう明るくもため息交じりにこう言うのは、幼馴染のユカだ。
「なあに?またどうしようもないこと考えてんの?」
なぜ自分たちがこんな世界で生きていかなくちゃならないのか考えたっていいじゃないか。と言いたいところだが、実際どうしようもないのだから返す言葉もない。
「そりゃ、ご先祖様たちが好き勝手やった結果かもしれないけどさあ、うちらがいくら恨んだところで変わんないよ?」
ごもっとも。
でも、死ぬまで"粉"におびえる生活は何とかしてもらいたいなあ。
「そうだねえ。全部溶けちゃえばいいのにねえ。」
ほぼ毎日厚い雲で覆われた世界なので、平均気温は零度を下回る。
人は温かい地中か横穴で過ごす。
まるでかつていた動物たちのよう。
ただ、こうなることを予見した一部のご先祖様は、せめて生き残れるようにと当時の技術で様々な道具たちを遺してくれた。
せめてもの償い、申し訳ないというメッセージと共に。
「ねえ、そろそろ街に行っていいんじゃない?」
そうだなあ、相談してみようか。
「やった」
街というのはシェルターの事だ。
そこには百人近くの人達が住む。
食糧や汚水処理が間に合わないため、技術を持つ人ばかりが住む。残りは狩猟や調査、汚染の処理をするために各地へ散ったというわけだ。
シェルターの複製が叶えば、各地に拠点が作れる。
皆、それを目標に希望にして生きている。
風前の灯である人類が再び力を取り戻すとしたら、まずそこからだ。
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※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。