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あり得ない日常#95
レールのつなぎ目を乗り越える度にガタンゴトンとリズムを奏でる電車の音と、車窓から差し込む太陽の日差しにすっかり心地が良くなったわたしはいつの間にか少し眠ってしまったようだ。
気が付けば見慣れた風景が目に飛び込んでくる。
ようやく帰ることが出来そうだ。
「お目覚めですか?」
ふいに声を掛けられてついびくっとしてしまった。
「今日はどこまでお出かけに?」
そう尋ねられて、自分がついうっかり山越えをしてしまうところだったとその過程を順を追って話した。
自分の事をこうもいろいろと話すのは楽しい。
話している間、その人はわたしの話を遮ることもなく、にこにことうなずきながら静かに聴いてくれる。
なんていい人なんだろう。
「山の向こうは今日は特に天候が酷かったみたいですから幸いでしたね。」
どうしてです?
「なに、その恰好では寒くて仕方がありません。場合によっては命に関わったかもしれません。」
うわあ、そうでしたか。
それなら本当に向こうまで行けなくてよかった。
「社長も待ってますから、このまま帰りましょうね。」
心配かけちゃったみたいですね。
「そうですよ。」
困ったように苦笑いするその人を見て、なんだか申し訳ない。
そう言えば、仕事は大丈夫ですか?
「仕事ですか?」
ええ、これからわたし、家に一旦帰って向かおうと思っていたんです。
「どちらに?」
藤沢さんの担当があるでしょ、そこに顔を出さないととさっき思って。
「ああ、藤沢社長なら問題ないから、早くこちらに向うようにと言っておられましたよ。」
そうですか。それなら安心ですね。
「ええ、安心しました。」
車内のアナウンスでひとつずつ降りる駅が近づくのがわかる。
そろそろ手回りを確認しつつ、降りる準備をしないと。
「ああ、ここで降りてもいいですけど、タクシーに乗らないといけなくなるからもう少し乗っていきましょう。」
タクシーにわざわざ乗り換えるなら、このまま乗っていた方がいい。
そうですかと返事をすると、にこやかにうなずいてくれた。
「もう少し眠っていても大丈夫ですよ。私が見ておきますから。」
それは助かります。
朝が早かったからちょうど居心地も良くて。
いつも、お尻に根が生えた頃に降りなくちゃいけなくなるんですよね。
あはは、そんなもんですよねと二人して笑う。
お言葉に甘えて、もう少しこの車内でくつろいでいくことにしよう。
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※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。