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あり得ない日常#54
「多くの人は、自分の人生に意味があったと思いたいと思うよきっと。」
二人そろって、おじいさんの声が聞こえた気がしたあの後も、 少しだけのつもりでお酒を飲みつつ、話を続けている。
最近の情報交換と言えば聞こえはいいが、また先輩の話に戻ってきた。言っちゃ悪いが、厄介な人の話はどうしても盛り上がってしまう。
その流れで由美さんがそんなことを言う。
「だってさ、自分の生き方に満足している人なんて世界にどれだけいるんだろうって思わない?」
そうだなあ。
「気づいたら年だけ取りに取って、振り返ったら自分は何をやってきたんだろうって直視したくないじゃん。」
人それぞれではあるかもしれない。
「昔はバトンリレーみたいに自分が受け継いだものを、無事に後の世代に受け継がせればいいような選択肢しかなかったと思うけどね。」
ああ、何が言いたいのか見えてきた気がする。
日本人は確かに苦手だろうな。
例えば何か自分で作り出して、世の中に影響を与えうるものを残すこと。
そのためには、周囲が何をやっていようが、どう言われようが、ひたすら自分の道を信じて突き進むこと。
犯罪は論外だが。
実際こう言っても、何をしたらいいのかわからない人の方が多いだろう。
だからこそ指示待ち人が多く、むしろそういう人が多数派であるために、常識が軒並みそちら側に寄っている傾向が強かった。
何なら、妬ましく思い足を引っ張る人も決して少なくはない。
まあともかく、という事は指示を受けて動くことを得意とする人がほとんどだろう。
責任も、指示を出した人物のせいになる。
先の大戦で日本人はどうだったか。
そのあたりも考えると見えてくる。
由美さんは、あの先輩がわたしのように拠点を任されたとしても、パニックになるだけだろうねと続けた。
「一人だけでもそうなるだろうし、仮に部下や後輩がチームで、その先輩くんについたとしても、まともに機能しないと思うけどな。
チームまるごとパニックになるんじゃない?」
たしかに、仮にわたしがそのチームに加えられたとして、あの先輩が一体どんな指示や行動をするんだろうか。
想像してみると面白い。
「抽象的な言葉を断定的に使う。
自信ありげにその瞬間は見えても、結局何を言っているのか考えているのか今いち伝わらない、そんな上司になりそうだよね。」
それは周りがとても迷惑するだろう。
むしろ、責められそうになったら、はっきり言っていない事を盾に、言い逃れを決め込みそうである。
オレはそんなことを、そんなつもりで言っていない、と。
「でも、そうやって何かをごまかしごまかし生きていると、振り返った時に何も残っていないって気づくときが来るのよ、きっと。」
それで、自分の人生に意味があったと思いたいと?
「子供がいればせめて救いにはなるんじゃないかな。」
ああ、そうか。
「だから満たされていない人ほど、自分の人生に意味があったと何かを頼りに強引に思いに行くんじゃない?」
本当に意味がある生き方をしているなら、すでに満たされているだろうから、他人や周囲に何かをまき散らす必要も無ければ、死ぬ瞬間まで何かに没頭するくらい、あまりにも時間が足り無さそうだ。
一日が48時間あったらいいのに。
そう日々を充実にする人たちは、あの先輩のように何かちょっとした資格を取っただのなんだので、いちいち認めてもらうべく誇示したりしない。
そんなことをする必要も無ければ、暇もないだろう。
「きっと父はそんな人たちをたくさん、たくさん見送ってきたんだよ。」
おじいさん、つまりは由美さんのお父さんだが、最後まで自分の仕事として向き合ったという。
「母もね、結局最期はそのひとりになったんだ。」
月が明るく照らす庭から鈴虫の音を背景に、
由美さんが寂しそうにそうつぶやく。
今日の夜は特に長くなりそうだ。
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※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。