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あり得ない日常#56
「母の姿はとてもきれいだったんだ。」
なぜ、ちゃんと最期を看取らせてくれなかったのか。
そう母の遺体の傍で、そして心の中で、何度も責めた。
そうしているうちに、きっと言わなかっただけで相当苦しかったんだろうなという思いが込み上げてきた。
痛みは本人にしかわからないから。
そう由美さんは、これまで溜め込んでいた大きなものを一つ一つ苦しみながら吐き出すように話す。
「安置所でさ、眠っているようだった。
一目見てわかったよ、やっと解放されたんだなって。」
由美さんは真実さんのすべてを知らないだろう。知る人といえば、あとは旦那さんのおじいさんくらいだった。
答え合わせなんかできない。
異物扱いされるのはもうごめんだ。
本当に解放されたんだろうなと思える。
もし次があるのならもっとこう、穏やかな人生でありますようにと祈らずにはいられない。
わたしが知るあの光景が、真実さんとその娘さんのものだとすれば、あまりにも周囲に翻弄されすぎた人生だ。
子供の頃とはいえ、ちょっとした軽い気持ちがまさかここまで、それも本人だけではなく、周囲の人たちの人生までも狂わせてしまうとは、いったいどれだけの人間が想像できるだろうか。
そうだったんだ。
由美さんにかける言葉は、この一言で限界だ。
人は死んだらさ、どうなるんだろうね。
少し間を置いた後、空に瞬く星を見ながら由美さんにそう聞いてみる。
やっぱり、少し不思議そうな表情をされる。
あまりにも唐突すぎたか。
「身近な人なら傍にいて欲しいなあ。」
てっきり、いつもの調子で現実的な答えが返ってくるのかと思っていたら、意外にそうではなかった。
消えてしまうのかな、代わりにそう言ってみる。
「それはなんだか、嫌だねえ。」
そういえばさっき、おじいさんの声が聞こえたような。
「やっぱり?見えなくてもいて欲しい気はするけど、さすがに気のせいじゃないかなあ。」
そう言いながら軽く笑う。
「母と会えたかなあ。」
きっと会えて今頃、二人して紅葉が色づくのを待ってるんじゃない?
由美さんがまた笑いながらそう続けた。
だとしたら素敵だなあ。
思わず羨みのため息が出てしまう。
そういえば、彼氏さんとはどうなの?
そんな相手に恵まれたらいいなと思いながら尋ねると、今触れてはいけない話だったかもしれないと少し後悔した。
「任務だから、来れなかったね。」
わたしは会ったことが無い。
年に数回は会えているらしいが、決まって由美さんが会いに行くようだ。
「最近、分かんなくなってきたんだよなあ。」
どういうこと?
「ちゃんと付き合ってるのかなあって。
父に会わせたかったけど、結局最後まで会えなかったしね。」
本当に忙しいんだね。
「どうなんだろうね。最近、父に見せたくて無理やり付き合ってただけかもって思えてきてさ。」
由美さんが続ける。
「それはそれで彼に失礼だなと思えて。
本当に好きなのかなあ。」
好きになろうとしていただけ。
そうなりきれなかった自分にもやもやしているらしく、もはやおじいさんもいなくなってしまった中、自分の本当の気持ちに気づいた。
だが、まだ断言も出来ない。
そう言いたいのだろう。
まだ、本当に誰かを異性として好きになったことが無いわたしにとって、由美さんのそれだけでもなんだか羨ましく思えた。
そして、由美さんは藤沢さんと出会う事になる。
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この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。