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物書きとマジシャン#35

「あんたら、こんなところで何してんだ?」

 話を聞こうと見かける人たちに静かに声をかけるものの、手を横に振って「今忙しいんだ」「ほかを当たりなさい」と応じてはくれない。

 念のため、明らかにお金を持っていないと見た目で分かるように、かつて使っていた破れた服や、すっかり色あせたものを身に着けている。

 どう見ても、お腹を空かせた兄弟が今の空腹を満たすために声をかけて回っているようにしか見えない。


 すると、三十代くらいの男性が声をかけてきた。

「なあ、こんなところで物乞いしてもムダだぞ。
今年の作物はみんな国が持って行っちまったんだから。」

 はあ。と落胆したように見せる。

「あんたら、どこから来たんだ?」

 街からこうして歩いてきたんですが、誰も話を聞いてくれなくて。


 嘘はついていないはずだ。
自分たちは"物乞い"だなんて一言も言っていない。


「…あんたらほんとに物乞いか?」

「でも、少し水を頂けると助かります。」

 アレクが機転を利かせたのか本心なのかそう切り出した。
あ、"でも"があるので本心か。

 物乞いが持ってきたパンや水袋の水なんか飲んでいたら、明らかに偽装して嗅ぎまわっていますと周囲にお披露目するようなものだから、ずっと我慢していたに違いない。


「俺の小屋がはずれにあるからついてきな。
少し歩くぞ。」

 そう言うと、ノスの国境地帯へ向かって歩き出した。

 え?大丈夫なんですか?思わずそう尋ねる。

 いくら何でもその付近は国境の警備兵もいるだろうし、それを警戒して近づかなかった。

 メイサにはそもそも国境警備兵なんていないから、いるとすればノスの兵士のみである。

 もしくは、そもそもこの人がわかりやすく武装していないだけで、国境警備兵の可能性すらある。


 やってしまっただろうか。

 最初から動きを監視されていたのであれば、これは捕まってしまったのかもしれない。

 ただ、うろついていただけで何一つ捕まるようなことはしていないが。


 恐ろしいのは、例えいくら濡れ衣やでっち上げであっても、公に証明できなければ密告者の大手柄になることだ。

 そういう社会であることをもっと理解して、覚悟を決めておかなければならなかったと悔やまれてならない。

 アレクにふと目をやると、初めて見るノスとの国境付近の景色に目を輝かせている。

 アレクにこの状況の話をしたいが、難しい。


 山に入る境目がノスとメイサの国境だ。

 国境線は何しろ長い上にメイサ側からでもないと整備するのは非常に困難なため、あいまいだが山に入るとそこはもうノスの領域である。

 いよいよ目の前に迫ってきた山に心臓の鼓動が高鳴ってきたが、まだ耕作地帯の道をイリス側へと向かい始めた。

 どうやら、ノスには入らないらしい。

 もうすぐお昼になってしまう。

 予定ではお昼過ぎに街へ戻って、そのまま店を開けようと思っていたが、どうやら難しくなってしまったようだ。



※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。


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