政治とお金の話|第七回
日本の主要な街は焦土と化す泥沼の戦争、逃げようにも逃げられない最中、靖国で会おうと互いに別れを交わし、自らを犠牲にしてこの世を去っていった数十数百万の魂の子孫が我々日本人である。
それから約八十年の歳月が流れ今に至るわけであるが、北海道の自衛隊駐屯地の周囲は大陸の共産主義者によって買い占められ、対馬は朝鮮人が土地を買い進めているようだ。
そればかりではない。
日本のあらゆる命の源である水源を、こともあろうか大陸の共産主義者が買いあさっている有様だ。
下流に住み、農業や飲み水として頼り住む日本の民間人の、いわば生殺与奪の権を握られているも同じであると言えよう。
なぜかは簡単、大陸からの命令があれば毒や細菌を使っていとも簡単に彼らの敵を容易く片づけることができる。
もうすでに彼らの人質になっているようなものだ。
かつての占守島の戦いを前回ご紹介したが、共産主義者はたとえ卑怯な手でも、その手段を選ばないと考えた方が良い。
例え主義が違うとしても同じ人間だから、きっとそこまではやらないだろうという人間の世界を舐めた甘い考えは早々に捨てた方が良いと進言する。
人権や法よりも共産党の指導が優越する大陸では、その体制をいい事に酒池肉林に溺れさす接待を用意して各国要人を招き入れている。
その対象はもちろん日本も例外ではない。
やたら中国に肩を持つ官僚や議員は、そうした罠に嵌められた結果、写真や映像という形で弱みを握られ、国家の機密を横流ししている有様だといわれている。
一時の過ちを、一生涯にわたって利用されるわけだ。
先にも述べたように、そうした欲に溺れた者たちはあの世で、ご先祖をはじめとした数十数百万の英霊からどんな責めを受けるのだろうか。
わたしたちはそれでも、後に託してくれたかつての英霊の方々の願い通りに、後の世代に国を受け継がせていかなければならない。
過ぎたことは取り返しがつかないから、それなりの罰を受けてもらうほかないのは明白で、今この瞬間からどう振る舞うかが重要だろう。
さもなくば、いくらなんでも申し訳が立たない。
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