物書きとマジシャン#42
「――では、イリスへ移住をお考えで?」
「ええ、サウスでは居心地が悪くなってまいりまして、貿易商の店を思い切ってたたんでようやく出てこれたのです。」
「それはまた、ここの住人としては心配な話ですな。
いくら険しい山道を挟むとは言え、難民が押し寄せる事態に発展せねば良いのですが。」
「まあそうなるとしてもまだ猶予はあるはずです。
皇帝が大きく法を変えましてな。」
「なんと、そんなことになっていましたか。」
「我々のような人間が今後増えてくるとは思います。」
「ほう、詳しく伺っても?」
「以前からも独裁的な傾向があったのですが、そのせいか経済が苦しくなっていくばかりで、あろうことか我々貿易商の財産に目をつけ、輸入品に対する税を大きく引き上げてしまいました。」
「それはまた極端な、そんなことをして大丈夫なのですか?」
「南から入ってくる安い物にも対抗したかったのでしょう。
都へ物資を送る地方は貧しい民が多いので今後どうなるかわかりません。」
「それはもう時間との闘いになったかもしれませんね。
食料の奪い合いにまで悪化するかもしれませんな。」
「おっしゃる通りです。
我々民は、役人達の一時の判断に終始振り回される存在なのです。」
「なるほど、それで出てこられたと。
よくご無事で。」
「いやあ、賄賂にだいぶ持っていかれました。
イナホへ売り付けに行くと船で陶磁器を持ち出しまして。
あとは、ご想像にお任せします。」
「なるほど、大変なご苦労をなされましたな。」
お話の途中すみません。
今回のお取引はこのような具合でいかがでしょうか。
「イナホ100あたり、イリス1.52ですか。」
ええ、ご納得いただけますか?
「イリス金貨で76枚の計算ですね。
私の見立てですが無理をしておられるのでは?」
ぜひ、今後も懇意にして頂ければと思いまして。
「ははは、わかりました。
この額で結構です。」
しっかり握手を交わすと、それを見てザルツさんが立ち上がる。
「半分でもかなりの額です。
現地でお受け取りになる分を増やされてはいかがでしょう。」
「そうなのですが、今は無職の身。
道中で買い付けなどできればと思っているのですが、どう思われますか?」
「なるほど、でしたら現金は少なめにお持ちになられて、このように証書でお買い付けになられてはいかがでしょう。」
「出来ればそうしたいのですが、それは商団に属する必要があるのでは?」
ザルツさんがまた静かに椅子に掛けると、軽くうなずく。
「なるほど、これはお誘いなのですね。」
思いもよらない展開に若干の静寂がよぎる。
「条件をお聞かせ願えますか。」
「ええ、うちの商団の何かしらの事業にいくらかご出資頂きます。」
「ほう、出資ですか。
例えばどのようなものが?」
「この証書のように羊皮紙といった皮紙を製造するものや、最近試験的に始めた炭の生産など、他にも水に関する物を考えています。」
「なるほど、出来れば確実なものが良い。」
「まあいずれにせよこれが担保に出来ますので、証書での取引を承認できるという訳です。」
「商団の窓口はメイサとイリスだけですか?」
「いえ、あとはサウスとブリスに。」
「契約書に出来ますか?」
「もちろん。」
商館へ出入りする人が多くなってきたようで、最近はどうだとかそういう話声が扉越しに聞こえる。
「仲間は多い方が良いな。
私はフェンです、よろしく。
契約書にしてください。」
「この商館の代表でザルツです。
いやあ、よかった。
では、少々お待ちを。」
ザルツさんが席を外すと選手交代だ。
ぼくはメルといいます、どうぞよろしく。
ところで貿易商をなされていたと?
「ええ、船を借りて。」
サウスは美しい焼き物が有名ですから、それを扱われて?
「それだけではありませんが、おっしゃる通りです。
陸路でこのまま山を越えてしばらく行きますと、わりと質のいいものを手に入れることができますよ。」
おお、そうですか。
それは良い話ですね。
「ただ問題は、やはり国への出入りでしょう。」
お話を伺っているとそのようですね。
我々もこれから難民などの対策を講じることが出来るでしょう。
貴重な情報をありがとうございます。
「いやいやそんな、見たものをそのままお伝えしたまで。
こうして親切にして頂いて、先ほどまで内心どうなるか不安でした。」
このメイサは貿易の街です。
いずれ落ち着かれたら、また。
「ええ、こちらこそ。
その時を楽しみに。」
「やあ、お待たせしましたな。
メル、どうだろう、滞在中に必要なメイサのお金を用意しては。」
「イリスはこの街では使えないのですか?」
「西側に使える店もありますが、何かと不便かと。
今少し高いですが商団のこともありますし、一部お持ちになっては?」
「そうだったのですね、いやそれは聞けて良かった。」
――少し詳しい話をした後、彼らはとりあえず荷を置くために手配した宿へと向かう。
※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。