物書きとマジシャン#20
「師匠、りんごはどう捌きますか?」
食べるの?
「そうじゃなくて、…食べたいですけど。」
あはは、そうだねえ。
荷車二台分あるからこんな風にしようか。
🔽前回まで
・荷台の上から2割のうち半分を店頭、もう半分はテント裏へ
・荷台の底の方から8割をジャム屋さん
収穫から間もない状態で新鮮だから、しばらくは大丈夫でしょう。
でも荷台の底の方はどうしても傷んじゃうから、日没を少し越えちゃったけど、このままジャム屋さんに持って行こうか。
「わかりました。
荷車を引いてくれた人にはいくら支払います?」
相場は銀貨2枚だけど日没越えちゃったし、いつもよくやってくれるから3枚ずつ、あと残りのりんごをいくつか持たせてあげようか。
「いいんですか?」
また来てくれないと私たちが困るからね。
「はい、そうします。」
ジャム屋さんの裏に荷車を運び終えて引き渡すと、ほっと一息。
そんなに量が確保できない貴重品だから無事に納めるまで気を遣う。
「師匠がもう少し早く起きてくれたら、陽が沈むまでには片付きましたね。」
ごめんってば。
本当に師匠によく似て頭の回転が早いから、憎まれ口も達者だねえ。
だいぶ身長が伸びてきたアレクだが、私にとってはまだまだ子供だ。
兄弟がいたら毎日こんな感じなんだろうかと想像しながら、アレクの頭をうりうりと両手でこねくり回す。
「やーめてください」
まったく。
さあ、帰るよ。
二人だけの時は姉さんと呼べと言っても言う事を聞かないし、師匠と呼ぶその割にはなかなか刺さる事を言ってくれる。
アンナさんが自宅で待っているはずだが、師匠がいなくなってからすっかり人が変わってしまった。
日に日にまるで遠くを見るようにぼーっとするようになり、最近では窓のそばの椅子に腰かけたまま一日動かない事もある。
魂が抜けたみたいに。
ちょうど近所の娘さんが修行がてら家事を手伝ってくれるという、ありがたい申し出もあって、アレクと二人で自宅を空けるときはお手伝いに入ってもらっている。
まだまだアンナさんも四十半ばだし、以前のように優しい笑顔を振りまいて欲しいのだが、もうその願いは叶わないのだろうか。
アレク、アンナさんにこのりんごを食べてもらおうよ。
少しの沈黙の後「はい」と返ってくる。
やはり、彼も思っていることは同じらしい。
師匠は何処へ行ってしまったのだろうか。
私…僕があんなことをしなければ、こんなことにはならなかったのかもしれないと思わない日はない。
※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空であり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。