「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」感想

小川一水(おがわいっすい)氏作の百合SF小説「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」をようやく読みました。以前からツイッターTLの信頼できる百合厨の皆様が時々話題に挙げるので超気になっていたんですよね。
私は全然まったく小説を読まないわけではないのですが、SFというジャンルには全然まったく馴染みがありません。先日ようやく「虐殺器官」「ハーモニー」を読んだくらいなので本当にズブの素人です。というのも固有名詞やその役割を覚えるのが大変苦手で、それらを緻密に積み重ねて世界が構築されていくSFやファンタジーを避けていたという面もあります。「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」も初見では理解が追いつかなかった概念が多々あったのですが、二回目でなんとかなりました。このへんは私の読解力やSF慣れしてなさの問題なので、ほとんどの方は問題ないと思います。
萌え語りのために書き上げた本文章になりますが、一応最初にあらすじの紹介を挟んでおきます。万が一これで興味を持って本書を読んでくれる人間が現れたら大変嬉しいという下心に基づくものです。

【ツインスター・サイクロン・ランナウェイ あらすじ】
遥か未来、人類は宇宙へと進出し、その中に巨大ガス惑星「ファット・ビーチ・ボール(以下FBB)」を周回しながら生活する人々「周回者(サークス)」が存在した。彼らは16の氏族に分かれ、それぞれ平均2万人程度が住む氏族船で暮らしている。
FBBは前述のようにガス惑星であり、地面が存在せず、すなわち鉱石のような資源物質もほぼ存在しない。そんな星の周辺でどうやって人々が生活を送っているかというと、宇宙空間を泳ぐ魚「昏魚(ベッシュ)」を漁船で漁に出て捕らえ、資源として利用したり、他の星系へと輸出して利益を得るなどしているのだった。
漁は結婚した男と女のペア、つまり夫婦で行う。女の役割はデコンパ……漁船の素材である全質量可換粘土(AMC)を精神脱圧(デコンプレッション)することにより、船の形を自由自在に変え、獲物の魚に適した網を構築する。対して、男はツイスタ……デコンパが変形させた船を操縦し、漁を行う。この役割分担は全氏族共通で、周回者たちは2年に一度、16氏族が一同に集まる大会議(バウ・アウア)の際に別の氏族同士でお見合いを行い、めでたく結婚し、夫婦で漁を行っていた。
ざっくりもっさりが特徴のエンデヴァ氏族であるテラ・インターコンチネンタル・エンデヴァは両親を亡くした24歳の女性。規格外の高身長、抜群のプロポーションを持つが、これまでに何度もお見合いでふられ続けていた。というのもテラの想像力は他のデコンパよりも数倍たくましく、ついついとんでもない形状の網を作り出してしまうが故にお見合い漁でいつも断られてしまうのだった。今日もお見合い相手から「君の網は僕には難しすぎる」と断られたテラは、エンデヴァ氏族船のビアホールで仲介役の伯母と伯父相手にこれからのことを考えて弱気になっていた。彼女は親から受け継いだ漁船を所持していたが、夫となるツイスタが居なければ漁に出ることは出来ない。
そんなテラの前に現れたのは、人形と見紛うような整った顔立ちの銀髪の少女。
18歳、身長148cmの小柄な彼女の名はダイオード。自らを女のツイスタだと名乗り、とんでもないことを言う。「――私が、あなたの船を飛ばしていいですか?」「私と組んでください、デコンパのテラさん。ツイスタが必要なんですよね?」

はい以上あらすじです。この時点で百合厨のめっちゃ好きなやつじゃないですか? 24歳と18歳の組み合わせが嫌いな百合厨とか存在するんですか? しかも24歳のテラは高身長でおっとりしたお人好しで包容力があり、18歳のダイオードはちみっちゃくてプライドが高くて勝ち気でクールに見せているけど実は打たれ弱い部分もある。とんでもないですよ。二人のキャラクターだけで優勝です。ただでさえ優勝してるのに本編がもうとんでもないもんだから耐えきれなくなってこの感想文を書きました。以下ネタバレ感想なので未読の方はどうぞご遠慮頂き、どうかどうか先に本編を読んでくださいね。



以下、ネタバレ感想




【テラについて】
身長の具体的な数字って出てないけどどれくらいあるんでしょう。175cmくらいかなあと勝手に想像しています。伯母さんと15cm差らしく、あの伯母さんはそこまで高いイメージが無かったので。
デコンプを褒められたりワクワクしたりすると口調がだらしなくなるのがメチャクチャ可愛い。あと舶用盛装が結構クラシックなデザインなのも本当に良い。精神年齢は一見ダイオードとそんなに変わらなさそうに見えるんですが、持ち前というよりも人生経験に基づいた包容力をたまに発揮するのも良かった。そしてお人好しと言えばそうなんですけど(ていうかインターコンチネンタル家がそんな家系な雰囲気ありますよね)、相手のことを思いやって、かけるべき言葉だけじゃなくかけちゃいけない言葉についても考えられるのが彼女の美点だと思います。

【ダイオードについて】
自分のテリトリーにこだわりつつ他人のテリトリーには徐々に侵入してきたり、(幼い頃からの環境もあって)神経質そうに見えてどこでも寝られたりと見た目より図太く、でもやっぱり初めての状況やそこからの緩和で泣いちゃうところが18歳らしくて非常によろしいです。女学校時代、ただでさえツイスタ希望でデコンパ適正がないのに加え、外見というか身長のせいもあってガンガンに舐められたくないモードに入ってて香水香料にハマったりドラッグやったりしてたんだろうなあ……。ちなみにこの世界ってドラッグは原始的な粉物なんでしょうか。電子ドラッグが主流だったら多分死にかけることはないんじゃないかな。うっかりやりすぎて操縦もおぼつかないような状態になってゲーゲー吐いてもうこんなもん二度とやんねえクソクソって毒づいてる女学校時代の彼女を考えるだけでご飯3杯くらいいけそうですね。あと操縦の際にヒールでコツコツとリズム取る癖があるのが良い。文献で見たことしかない古代のピアノ弾きみたいなその様子を、テラがずっと眺めているのに気づいて不思議不機嫌そうに顔を上げてほしいですね。

【好きなシーン編~たくさんありすぎるので4場面に絞りました~】
○二度目の漁に向かう夕方
この世界では漁に向かう際に女は舶用盛装(デッキドレス)と化粧でおめかししますが、男は特にそういうことをしません。これは妻が夫の目を楽しませるのが目的だからです。周回者では氏族ごとに程度の差があれど、基本カッチコチの男尊女卑というか性の役割が規定されているんですが、これが一番生々しいなーと思いました。男女カプの夏祭り回は二人とも浴衣着ててほしいタイプのカプ厨なので。片方が相手にきれいな姿を見せようと努力してるのにもう片方はそれを享受するばかりで自分を魅力的に見せる努力をしないの普通にクソじゃないですか?
これまで男と漁に出たことしかないテラは、自分の相棒がおめかししているというシーンに初めて出くわし、たいへん新鮮な気持ちになります。もちろん自分もおめかししています。「そのドレス、とっても素敵ですね!」と褒めると「そのドレス、わりと素敵ですね」と返ってきます。初めての状況に楽しくなっているテラですが、漁に向かう周囲の漁師たちはみんな男女の二人組ばかりで、着飾っている女同士の二人は好奇の視線を向けられます。じろじろと見られている状況にダイオードが警戒するだろうと、テラは自分がでかい身体で盾になりながら埠頭へ向かうことを提案しますが、ダイオードは「心配無用です」とテラの手を引いてぐんぐん歩いていきます。
「着飾っている相手を見て、相手が自分と同じ女であることをより意識する」はいめっちゃ百合厨が好きなやつです。これはただの偏見に基づく持論ではありますが、自分の身嗜みに対する解像度、個人レベルではなく全体のレベルで語れば、やっぱり女性の方がクリアだと思うんですよ。社会規範においてそうせざるを得なかったという面は多分もちろんあって、それ自体の是非は問われるべきだと思うし、この解像度が半々になればいいなあ~と思う自分もいます。それでもあえて言えば、私は着飾っている、あるいはいい匂いがする相手を見て自分も相手も女なんだと強く意識する瞬間が本当に好きです。私的百合観におけるメチャクチャでかいポイントです。
それに加え、先述の会話はダイオードが一見クールで勝ち気なように見えて、良いと思ったことを素直に認められる子であることが分かるのも良いなあ~と思います。バチゴンドウ漁で険悪な雰囲気になっていた時もすぐに謝ったし、母親からはへそ曲がりと称された彼女ですが、別に意地を張っているわけじゃないんですよね。

○テラが同居を申し出るシーン
とんでもねえバチゴンドウを獲って帰ってきた後、ダイオードが野宿していたことに気づいたテラは自宅へお誘いします。そこでこんな会話が繰り広げられます。
「あなた、いつもそんなに簡単に人を泊めるんですか」
「まさか」「ダイさんは他人じゃないでしょう?」
「じゃあ、なんですか?」
はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ。
いやこれダイオードずるくないですか? 相手は楽天家でお人好し、自分が寝泊まりしてるロクな場所じゃないところなんてほとんど知らない相手だってのに、出来れば自分が身を置いているような危ない場所には触れてほしくない存在だと思っているのに、この直球激重質問投げるのずるいですよ。テラは慎重に考えた後「ひとまずは、運命共同体ですよね」と答えますが、これは単にツイスタとデコンパの関係だけを示したものではなく、プロローグで用いられているように周回者全体のことを指す言い回しとして昔から用いられて表現だと推測されます。つまりは建前です。今の自分たちの関係ではとりあえず建前を引っ張り出して当てはめざるを得ないような激重の質問に答えさせるダイオード、気を張り詰めていたバチゴンドウ漁を終えて隠していたことを見抜かれて優しくされてちょっと弱音が出たところがあるんだと思うんですけど、これほんと反則じゃない? その後お互いに建前をいくつか並べて同居を受け入れる儀式、これが侘び寂び……と唸るしかないです。

○二人にお見合いの斡旋が次々に届き始めるシーン
女同士はけしからんという理由で一度は没収された礎柱船(ピラーボート)が返ってきてから二人はばっさばっさと昏魚を獲って成果を挙げるわけですが、そんな二人を称えて様々なお見合いの話が持ちかけられます。ダイオードはにべもなくお見合い写真をゴミ箱へやったわけですが、もともと焦りからお見合いをしまくっていたテラは自分が実は結婚したくないんだと気づいてからも一応目を通して迷っています。
この頃には二人の距離はかなり縮まっていて、ダイオードも最初は警戒していたテラの家にすっかり馴染んでいます。戯れのような触れ合いも時々あります。でも、ダイオードが自分との間に引いている線についても、おそらくその向こう側をダイオードは既に知っていることについてもテラは気づいているし、その上で手を引かれるのを待っています。ダイオードはテラの手を引いていいものかどうか見極めようとしています。
戯れの触れ合いをひょいと打ち切ってお風呂へ向かうダイオードを追いかけて、テラが脱衣所で尋ねます。「お見合いほんとに受けていいんですか!」「テラさんにその覚悟があるならいつでもどうぞ。(略)共浴と一方的に覗かれるのとは違うんですよ、見たけりゃ自分も入って来いってんですよ、その覚悟あんのか!」
はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ(二回目)。これやばくないですか? テラは手を引かれるまでダイオードの側に踏み込めずにいるくせに「ダイさんは私が男の人のところへお嫁に行ってもいいんですか」と訊ね、ダイオードは「こっち側に来たいなら踏み込んでこいやれんのかオラ」みたいなこと言ってるわけですよ。
信頼出来てたまに触れて心地良い、そんなお互いの距離感を自覚しつつ、安らぎを覚えつつギリギリを攻めてるこの感じ……。絶対に「お見合い受けてほしくないです」「見たいから私も入りますね」と言えないの分かってるくせにこんな会話しちゃうの、何……この……何?

○地獄の縁の罵倒大会シーン
いろんな方がこのシーンについては語り尽くしているので今更という感じなんですけど、もう本当に好きすぎて20回以上読み返してます。ていうか指用のアレ、昔身を置いていた百合界隈でめっちゃ盛り上がったんですけど二次創作ですらそこまで登場頻度高くないので、一般書籍で!? 18歳の女が!? 24歳の多分ノンケな女相手を想定して!? って考えるともうのたうち回る以外にこの感情を表現できないです。念の為って何だ念の為って、女と出会うととりあえず寝る展開が訪れるかどうか考えちゃう村上春樹作品の主人公か??? いやあの同居開始の時点でダイオードはテラに対してかなり信頼と安心感を覚えていたでしょうけど、自分の命を顧みず心中いいじゃないですかと叫んだり4000気圧に迷わず飛び込んでいくほどだったかと言うとそうじゃなかったと思うんですよ。なのに初日に指用のアレを刷っちゃうの、こいつ女学校時代に絶対複数人と経験してて使ってたに違えねえ。でも別に自らそういう行為に持ち込むわけじゃなく、むしろ自制のために過度な接触を避けて屋根裏寝泊まりを希望しておきながら念の為用意しておくっていうのが本当、この女……! 例えば黒字の漁の後の打ち上げでテラを酔わせてそういう展開に持ち込むのだって(テラはそこそこお酒飲むしダイオードはノンアルコール専門な感じっぽかったですね)物理的には出来なくもないのに、そういうことはせず、でも念の為に1ダース……。距離感を測りつつ……。お前……ほんま……カンナ・イシドーロー・ゲンドー……。
あと口論の最中、テラはダイオードがおそらく経験者であることを指摘しましたが、1ピコグラムもそれについて気にしてないのが本当にいい。テラ、持ち前の想像力で過去にダイオードが誰かと何をしてきたか考えちゃってモヤモヤ……とかしそうなんですけど、多分落ち続けるピットの中だからというわけではなくダイオードが自分が知らない誰かと関係を持ったことがある点については気にしたことがなさそうなのが本当にいい……。言及されてはいませんが、お見合い婚が一般的なこの世界では貞操観念もあまり緩くはないんじゃないかなあ。ゲンドー氏は特に女の貞操観念について厳しいとこあるみたいですが、アレ刷ったばかりの頃はダイオードがどういった用途でそれを使うのか考えてテラも動揺してたんで、エンデヴァ氏が別に緩いわけじゃないと思います。でもあのシーンでダイオードの過去は彼女だけのものでまったく気にしていなくて、ダイオードが誰かと関係を持ったことがあっても彼女のことが好きで、彼女が自分を試そうとしていた点についてのみ言及して、あなたは大切な人だから生きて帰ってほしいんだと伝えるテラは本当にいい女だと思いました。でもわかんねえ、この後想いが通じ合った二人の関係性においてテラが想像しちゃってモヤモヤする展開も絶対ほしくない? いい……とか自分で言ったばかりのくせに本当にアレなんですけど、百合厨はこんな二律背反の中でしか生きられないんだ。

【全体として】
いや本当に最高の百合SFでした。自分たちを取り巻く狭い世界を嫌がって星系を出ていきたいダイオード、周囲に順応して「普通に」生きなければと無意識に思っていたけれど、ダイオードによって自分もそんな世界に息苦しさを覚えていたことを発見したテラ。二人はどこにも行けずそれでも互いが居ればそれで良いと気づいて、でも新しい世界への鍵をテラは手に入れて……っていう終わり方も含めて最高です。本当はもっと好きなシーンがたくさんあり、というか好きなシーンしかないので色々書きたいんですがキリがなさそうなので割愛しました。
長い文章を書くのがかなり久しぶりな上、ろくに推敲もしていないので随分恥ずかしい出来になっておりますが、ここまでお読み頂いた方に強い感謝の念を表明させて頂きます。最近手を出していないイラストやssなんかで萌えを放出できたら良かったのですが、そちらは気長に頑張りたいところです。
続編が楽しみすぎるのは言わずもがなですが、エダとマギリも好きな二人の気配しかしないんですよね。前日譚のような形で小説1本出ないかなあ。あとこの作品は非常に映像映えしそうなのでアニメで見たいよう……二人の舶用盛装姿とか昏魚とか二人の私服姿とか荒々しくも美しい宇宙空間とか二人の口喧嘩シーンとか見たいよう……。
実は短編版の方をまだ読んでいない未熟者なので、次の休みに絶対買いに行こうと強い決意を固めたことをここで表明しておきます。そして今度こそ絵が描きたい。絵が描きてえよ……。

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