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ずっと勉強が好き(でもそれって、どこに向かうのだろう笑)

学生の頃はまあまあ成績がよくて、そのことを「頭がいいわねぇ」などと褒められることがありまして。その度に
「頭がいいとかではなく、単に勉強が好きなんです」
と答えると、
「そんな人がいるの?」といった反応がよく返ってきます(苦笑)

私にとっての勉強という定義は、本(教科書)を読んでノートにまとめることかもしれません。それならば、永遠にしていられます。
もちろん好きなこと、興味のあることに限ってなので、職場でこの資格を取れとか、これに詳しくなれと押し付けられたら、苦痛に思わなくもないかも(思った覚えはないけれど、きっとジャンルによってはあるはず)

とはいえ、ほんとうに学ぶことが人生で一番好きなことで。
それってやっぱり変わっているのかな。

「学校の授業」としての勉強も、やっぱり好きでした。
好きな教科は必ず前の日に予習をして、なんなら軽くノートにまとめちゃって。先生はどんな話をしてくれるのだろうとワクワクして授業を受ける。
ちなみに好きな教科はダントツ「歴史」
あとは「理科(化学と地学が特に好き。生物もまあまあ好き)
「英語」と「国語(現国)」も好き。
「音楽」も「家庭科」も「美術」も「体育」も好きだし。

あれ?
数学と物理が見当たらない(笑)

あの教科はなぜわざわざ計算しなくてはならないのかがそもそも納得いかず。役に立つこともあるとはわかるけれど、計算すること自体が無駄なことをさせられている意識が働き、ちょっと苦手。
数学だと証明問題などは好きだけれど、テストやワークで山ほどある計算問題とか、まどろっこしい言い方をするので考えるのがめんどくさい文章問題は解く行為そものが嫌いでした。
それって論理的思考が苦手であることだと思うので、昨日書いた「地頭がいいか悪いか問題」に関連しているのかもしれない。

私の数学と物理のように、他の人たちはかなりの教科に対して、学ぶことへのモチベーションがあがらないのかな。
だから、勉強が好き(数学と物理を除く)と私が楽しそうに言うのを、奇異の目で見てきちゃうんですね(笑)

私にとって学校という場所は、専門家(先生)が教えてくれるありがたい世界だったのです。
なにせ暇なとき辞書を読むような女ですから。
それに私が学生の頃は、パーソナルコンピューターもワードプロセッサーもなく、当然インターネットもない時代。
情報を得られる機会は貴重だった。

学校の先生にただで(高校以降は授業料は払っていますが)教えてもらえるんですよ?
テンションあがりませんか?
という人間だったので、人から変わっていると言われます。
(一定数、勉強が好きだという人間がいるはずだが、あまり見かけない)

今は教科書ではなく、図書館から常に本を返しては借りるを繰り返して、自宅に10冊借りて勉強しています。
(札幌市はひとり10冊まで借りられる)。
ちなみにタイトルの写真は、今日勉強する予定の二冊。
しかも一冊は返す前の再読(笑)

図書館から借りるメリットのひとつは、短期間で手放さなくてはならないので、積読にできないこと。
また、返す前提なので、必ず何かしらメモを取ろうとしちゃうこと。

そんなに勉強してどうするの?
そんなに知識を集めて何がしたいの?
と時々言われて。
そうだよなぁと思うのですが、何かをどうにかしたいのではなく、ただ知りたいだけで突き進んでいるのです。

実際、本を借りてノートにまとめながら、ふと我に返り、
私は何時間も一体何をしているのだろう。
とふいに思うことは実際あるのです(笑)

だけどね、知りたいのよ、気になるのよ。
だから今日も山盛りの勉強すべきことが待っています(*^_^*)


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