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第11回W選考委員版 小説でもどうぞ 落選作品

お題「善意」

タイトル「わたしは良い子」
 
 おばあちゃんの言うことはぜったい。
 パパもママも、おしごとがいそがしくてヨシミをぜんぜんかまってくれないけれど、おばあちゃんは、ずっといっしょにいてくれるし、いろいろなことをおしえてくれる。
「赤信号は止まれだよ」「ほら、よそ見をしていたら危ない」「野菜を残したらだめ」「人には善意を持って接すること」
 おばあちゃんの言うとおりにしていれば、わるいことはおきない。おばあちゃんのおかげでヨシミは今日も安全。おばあちゃんの言うことはぜったいに守る。ヨシミは良い子。
 

「良い子ぶりっこ、ウザッ」
 ああ、またこれだ。善意を持って接すれば、たいていの人は善意を返してくれるのに、同じクラスのアキちゃんはそうはならない。常に悪意を返してくる。なぜだろう。
 
 分からないことは紙に書いて分析するに限る。わたしは日記をつけて、アキちゃんのことを細かく記録することにした。
 わざとぶつかってきた。足を踏まれた。わたしが先生に褒められたり、クラスメイトから注目されたりすると、こっそり嫌味を言う。
 書きながら思った。わたしがチヤホヤされるのが気に入らないのかもしれない。アキちゃんはすぐにマウントを取りたがるし、目立つのが好きみたいだから。でもまだよく分からないから、引き続き全部書いておこう。
 
 ノートを貸してと頼まれたので貸したら、ぼろぼろになって返ってきた。わたしの分の給食の牛乳を勝手に男子にあげてしまった。教科書を隠された。机に落書きをされた。変な噂を流された。全部書いておこう。

 中学を卒業して、アキちゃんと会わなくなっても、わたしは日記を書き続けた。
 高校卒業後は、ある大学の心理学部に入学して、学業のかたわら小説を書き始めた。
 大学卒業後も働きながら書き続け、さまざまな賞に応募した。そして、ある新人賞を受賞し、本が出版されて作家デビューを果たした。
 文章のうまさや心理描写の細かさが評価され、印税で生計が立てられるようになった。
 自分の知名度が上がったところで長編小説を出版した。いじめる側の心理を深く描写したそれは話題を呼び、ベストセラーとなった。
 
 そんな折、中学の同窓会が開かれることになった。わたしはクラスメイトとの再会を楽しみにしながら、会場のレストランに向かった。そこに入るなり、みんなが沸いた。
「ヨシミちゃんだ、すごい活躍だね」
「ヨシミ先生の登場だ」
 懐かしい顔ぶれに囲まれて嬉しくなった。立食だったので、わたしは飲み物を片手に次々とみんなに話しかけて会話を楽しんだ。
 
 ふと、隅で退屈そうにしている人が目に入った。目が合うと相手はわたしをぎろりと睨みつけた。変わってないなと思いながら、彼女に近づいて笑顔で話しかけた。
「アキちゃんだよね。久しぶり」
 アキちゃんは無言でわたしを睨み続けたが、しばらくすると震える声で「仕返しのつもり?」とつぶやいた。意味が分からない。
「何のこと?」
「最近流行った本、あれあたしのことだよね。どういうつもり? バレバレなんだけど」
「ああ、あれはお礼だよ。何で怒っているの?」
「はぁ? 怒るに決まっているだろ」
「どうして? アキちゃん目立つのが好きだよね。小説に登場したらすごく目立てるし、喜んでくれると思ったんだけど」
「あんた何言って……」
 アキちゃんの鋭い視線が緩んだ。すぐに困惑したような表情になり、次いでおびえたような表情になった。アキちゃんは二、三歩後退すると、急に背を向けて何も言わずに去って行った。
 あいかわらず分からない子だなあと思っていたら、周りの会話が聞こえてきた。
「ねえ、あの小説のいじめっ子ってアキちゃんだよね」
「そうだと思う。アキちゃんを知っている人が読んだらバレバレだよね」
「アキちゃん、裏であんなことしてたんだ。引くわぁ」
「アキちゃん、ヨシミちゃんが有名になった時に『あの作家は中学の同級生』って周りに言い広めたらしいよ」
「うわぁ。やばい」
「周りから白い目で見られているだろうね」
 
 やばい? 白い目? 何の話?

 アキちゃんのおかげで日記をつける癖がついて、書く技術を身に付けられたし、心理分析にも興味を持つようになった。
今のわたしがいるのはアキちゃんのおかげ。だからお礼がしたかっただけなのに。それに人には善意を持って接しないと。
 
 ワタシハイイコ。


(了)

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