いつかの別れ際
別れ際、スッと髪を撫でられた。
そうか、彼はずっと「髪型をこうしたほうがいい」と思っていたんだ…。
鏡の前で再現してみる。
私の髪質では、キープが難しい。
だから選ばなかった髪型だけど、自分では気づけなかったことを、教えてもらった。
ありがとう。
最後に教えてくれたんだね。
「このほうが、明るい表情に見えるよ」って、髪を撫でるしぐさ一つで。
その時の別れ際が、彼との最後だった。
最後を前提に会って、何を言えばいいのかわからず、押し黙ってしまった。
言葉を促されても何も言えず、困らせてしまったと思う。
でも、彼は、髪を撫でる手のやさしさで、全てを語ってくれた気がする。
最初から、私が誰を好きなのか、気づいていたんだね。
だからちゃんと聞いてくれたのに、気をもたせてしまった。
自分の気持ちにすら気づけなかったせいで…。
あなたが好きでいてくれた髪、今はもうありません。
感触は、覚えていてくれているでしょうか?
撫でてもらった時の感触、大切な思い出の一つにしています。
※この作品は、オーディオブック配信プラットフォーム「Writone(ライトーン)」で音声化されています。
医療用ウイッグユーザーとしての思い。
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