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ゼリーをつくる人

阿波踊りとゴルフの撮影で夫が出かけて1週間。すでに1キロ痩せた。この分だと帰ってくるまでに3キロは痩せそう。料理ができないわけじゃない。誰しも1人だと食生活がいい加減になるものだ。しかし今からこれだと老後が思いやられる。同じように食べることが下手そうな友人と、「もし老後1人になってしまったら助け合いましょうね」と約束した。

しばらく前からゼリー作りにハマっていた夫は、色んな風味のカルピスやオレンジ、ほうじ茶にとどまらず、くり抜いた小玉スイカにスイカゼリーを詰め込むなど、限りある創作性を惜しみなくゼリーに注ぎ込んでいた。

夜、ゼラチンをお湯で溶かすカチャカチャという音がして、朝になるとゼリーが出来上がっている。幸せ。我が家におけるゼラチンの消費量と存在感はかつてないレベルに上昇した。ゼラチンを買い忘れると「この、ゼラチンが!」と金八先生ライクに怒られる。私も「ゼラ王」などと夫を讃え、その幸せを享受していた。

しかしついに飽きたらしく、最近急速に頻度が減った。焦った私は素敵なゼリーの本を与えるなどして、情熱を再燃させようとしたが、それでもあまり乗り気でない夫に「なんで作らんのや!スランプか!」となじると、夫は小さく、「ゼランプ」と呟いた。

出張の前日、夫の汗やら加齢に伴う何かやらが染み込んだ古い枕カバーを雑巾にしようとよけておいたら、夫が「これ、俺の匂いするね」と言った。長く否定していたが、やっと気が付いたようだ。
「って言うか、もうこれ、俺だね」
「出張の間はこれを俺だと思って」
必要ない。

その晩、私がろくに食べなくなるだろうと見越した夫はゼリーを作り置きしてくれた。「自分が食べもしないのに、俺ってなんて優しいんだろう」とか言いながらゼラチンを溶かしているなと思ったら、ドンガラガッシャーンと音がした。確かめに行くと、牛乳を派手にぶちまけたらしい。

私は先ほど夫が「自分」宣言をした旧枕カバーで牛乳を拭き取った。タオル地でよく吸ったが、古布からしても、牛乳は吸いたくないものの上位に入るだろうと思った。

そんな夫が作り置いてくれたゼリーも残りわずか。自分で作ればいいのは分かっている。分かってるんだけど、面倒だ。買ってこようかな。でも負けた気がする。そんな葛藤のうちに、夏の日は暮れるのだった。