ワンスター
20代の頃、とある靴を欲しがっていた。
「丸トゥのパンプス、ヒール部分は5cmくらいかな。インソールは小花柄で、ストラップ止めてるボタンはくるみボタンみたいなやつ。長く立っていても足が痛くならず、駅の階段を駆け下りることができる程度の締め付け感」
なんて言うと友人はたいていケラケラ笑って、そのあとに
「そんなリクエストの多い靴、そもそも存在するの?」
と真顔で尋ねた。
私も真顔で答える。
「わかんない」
雑誌をめくり、通販サイトを探す。
ここかな、と目星のブランドを見つけては季節ごとに新作をチェックする。
それもいいのだけれど、やはり自分の足で探したい。
繁華街のファッションビルや、ショッピングモール、アウトレット。
渋谷、原宿、表参道、新宿も街中を歩き通して探した。
たまにこれかな?という一足を見つけることもあった。
試着時に違和感をすぐに感じるものもあれば、しばらく履いてみればどうかな?と購入して履いてみることもあった。
それでもどこか思い描く理想の靴とは違った。
「例の存在しないかもしれない靴、あった?」
「これはこれでいいんだけど、何か違う」
「やっぱり存在しないんじゃないの?」
「この世にこれだけたくさんの靴があるんだから、もしかしたらあるかもしれないじゃん?」
「なんかあれだな、理想の彼氏探してるみたいな口ぶりだな」
「ええ?彼氏より靴の方がずっと頼りになるし信頼できるんだけど?」
「彼氏の扱いひどいな」
昔から買い物に付き合ってくれる友人は相変わらずケラケラと笑っていた。
足が勝負の買い物なので、探している時の靴はとにかく歩きやすさを重視したスニーカーだ。
コンバースのワンスター、ベルクロモデル。
白いレザーに大きな赤い1つ星。
履けば履くほどレザーがなじんできて、踵と爪先、甲のフィット感は抜群だ。
ヘビーローテーションをしているわりに、タフなソールがまさに質実剛健。
高級レザーなだけあってスニーカーらしくない値段だったけれど、社会人になりたてのころ、薄給を少しずつ貯めて買った別品だ。
高級な靴は大人になった証拠、大人への1歩をこれで踏み出す。
あれから大人になれたのかはわからないけれど、激動の20代を歩き抜いた私の足を守り続けてくれている。
靴探しをはじめてからもう10年以上が経つ。
10年の間に歳もとって、代謝も少しずつ落ちてダイエットしても痩せなくなった。
10年前は内向的で人の顔色ばかりを伺っていたけれど、今はセールスマンに文句のひとつを言い返せるくらいに図々しく、ふてぶてしくなった。
10年前、ケラケラと笑っていた友人は恋人になり、婚約者を経て夫となった。
そんな10年を超えてもなお、リクエストの多いパンプスはいまだ見つかっていない。
でもきっと私は気づいている。
多分、あのパンプスは存在しない。
靴に恋した私が描いた空想で理想の靴。
万が一に存在したとして、パンプスなんて似合わないんだろうとも気づいている。
長く立つより座る場所を探すし、駅を全力疾走なんて無謀なこともうしない。
玄関には履きつぶしたワンスター。
きっとこれが私がずっと探していた靴。
「探していたのは靴そのものではなく、靴と共に歩んでいく人生だったのかも」
見つからなかった探し物はとっくに隣に並んでいた。
幸せってこんな感じでしょう、と質実剛健なワンスターは笑っていた。
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