未知の世界に踏み込む為の行動力について ~絶望を歓迎する~
こんにちは、尾島です。
今回はマインドセットについてのお話です。
未知の世界に行動できる人とできない人の違いとは何なのでしょうか。
そこを踏まえて、自分の経験のない未知の世界へ踏み出す行動力についてお話します。
未知の世界への一歩は大抵批判される
そもそもなぜ人が行動したいと思うのかというと、今の現時点から何かしらの地点へ移動したいからだと思いますが、それが一般的に見て理解できる地点であれば周りも協力的になるし理解もできると思います。
ですが、それが常識的にない未知な地点であれば、一般的には理解されず「やめておいた方良い」というような後ろ向きな言葉を掛けられます。
大体の人が、この群衆圧力や同調圧力的な物に足を引っ張られ、行動できなくなるという経験があると思います。
もしくはそれでも振り切り行動したが、効果が出ずに諦めてしまうというケースもあると思います。
また今回は言及しませんが、そもそも何をしたら良いのか分からないと位ケースも考えられますね。
僕の友達に割と何でも器用にこなす友達がいて、子どもの頃から仲間の中心的な存在で、色々な摩訶不思議なゲームを考えてくれて、誰もが遊びたいと思うようなユニークネスの高い友達がいます。
何かを創出するという能力に長けていて、アートの才能も非常に高い友達ですね。
大人になっても一緒に音楽をやったり遊んだりしていましたが、そんな友達がある時、
「もっと自分のやりたい事に集中して生きたい」
という決断をして、僕らの輪からは少し離れた場所で、活動するようになりました。
僕らからすると「もう好きな事やってるじゃん」という感覚でしたが、探求心が高いその友達は今まで以上に新しいことに挑戦し、未知の世界にもどんどん興味をもって活動し、多くの人脈を作っていくことになりました。
ですが、僕らとして「色々なものに手を出しているけど、結局何がしたいのか分からない」というような印象が強く、正直理解できなかったし、分かろうともしていなかったですね。
それでもその友達は周りの批判的な意見にも屈せずに、今では自身のアートの能力を生かし、ロゴデザインの仕事をし、それ以外にも自身の理想世界に向かって精力的に活動しています。
もし僕らや周りの批判的な言葉に流されていたら、良いか悪いかは別として、もっと平凡な暮らしをしていたと思います。
もともと全体的なステータスは高かったとはいえ、自分らしい今を獲得しているのは、メンタルタフネスの強さにあると思います。
※ちなみにですが、この友達とは今も全然仲が良いです笑
未知の世界はビジョンと密接な関係を持つ
未知の世界というと少しカルト地味ますが、僕の言葉で言うと「自分が向かいたいビジョン」になります。
この感覚で大事になってくるのが、
・今自分がどうなりたいのか
・どうやったらそのビジョンを達成する事ができるのか
こういう視点・文脈で、未知の世界と言っています。
僕の友達も確実に自分のビジョンを持っていましたし、そもそもビジョンが無いと行動する事自体あり得ないです。
なので、行動できない人にはまず「自分がその瞬間、どういうビジョンの世界に居たいのか」を真剣に考えてみると良いかもしれません。
そうすると、1つや2つ必ず施策が出てきますから、そこにプライオリティを付けt実践していくと良いと思いますが、次の問題はそのプライオリティの付け方です。
そこで出てくるのが、「絶望を歓迎する」というマインドセット。
絶望を歓迎するというマインドセット
これも非常にカルト地味てますが、ハーバード大学の研究で「希望という感情は、絶望の先にしか無い」という研究結果があるそうです。
これは絶望を選択した人のみ、その先に希望(成功)が待っているという意味で、自分に対して甘く楽している人には、希望という感情は絶対にやってこないという事ですね。
日常的に考えると、選択肢が2つ以上出た時に、不安はあるかもしれないけど、キツイ方を選ぶという感覚です。
例えば、ギターを上手くなるために出てきた方法で、難しくて疲れる練習と、簡単で楽な練習があるならば、前者を選ぶという感覚です。
ここで、注意するのが”嫌なことをするわけでない”という事です。
あくまで自分で目指したいビジョンに向かう為に出てきた施策に対してなので、その選択肢も”嫌なものではない”という感覚が非常に大事です。
この感覚がしっかり習慣化すると、僕の友達のような「メンタルタフネス」が養えるかもしれません。
では、また。
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