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笑いの元素 アクアマンとサンソマン

2000字で紡ぐ物語 ❺

 

   笑いの元素
    アクアマンとサンソマン

 ゆるやかな坂道を登っていくと、じっと僕の方を見て、微笑みかけているような花に出くわした。思わず手にすると、フワーッと香りを出して私を包み込んでしまった。その感触は幼い日の母の胸の温もりに似ていた。花をたくさん摘んで、家じゅうに飾った。何時もけんかの絶えなかった家族なのに、どうしたことかみんな笑顔になって、不思議なくら仲良くなった。
 一つ思い当たることは花の香りが家に溢れていることだった。きっとあの花には幸せの妖精が住んでいて、わが家に幸せをまき散らしているのだと思った。その夜ベッドに入って電気を消すと小さな胞子状の光がたくさん飛び交かってコメットのようにヒューと尾を引いて私の耳元にやって来て、
「この花を世界中に咲かせて」と口を揃えてささやくのです。
「あなたは誰なの」と尋ねると、
『私は〝しあわせ〟と言います、空気があればどこでも水を作り出せる〝アクアマン〟と幸せの空気を作り出す〝サンソマン〟に守られた妖精です、世界中の人々に幸せを届けたいのです、お願いします』と言った。
 その後はもう何も聞こえず、真っ暗のままだった。耳を引っ張り、目をさすってみた。夢ではなかった。僕にどうせよ、と言うのだろう。花は育てられるとしても、世界中に花を一杯咲かせる方法はどのようにすればいいのだろうか、といろいろ考えている内に眠り込んでいた。
 
 見渡す限りの野原に花が咲き乱れ、蝶が舞い、小鳥がさえずっている。銃を構えて砂煙を上げて走る車がみえる。寒さに震えるこどもが泣いている。水を求め、食べ物を必死に探す人がいる。もっと薬を、と助けを叫ぶが人いる。そこに僕が戸惑って立ち尽くしている。突然、ああ底の無い穴に落ちていく・・と頭が真っ白になって、もう駄目だとあきらめかけて、目が覚めた。背中に汗がにじんでいた。ぞっとする夢だった。いくら眠ろうとしても益々目が冴えてくる。
 すると暗闇に小さな光が一つ二つ三つと現れて耳と目に飛び込んできたように思った時、眠りなさい、瞼を閉じなさい、とささやく声がして静かな眠りが訪れた。

 朝は差し込む太陽の光で何時もと変わらず目が覚めた。昨夜の恐ろしい夢も目覚めるとぼやけていた。しかし妖精が耳元でささやいた
「この花を世界中に咲かせて」と言った言葉は石に刻まれた文字のように確りと心の底に焼き付いていた。気掛りなので起きると直ぐに花のところへ行ってみると、グーンと大きくなっていて、ほほ笑みかけてきた。けげんそうな僕に
「私を手にしてごらん」と声をかけた。言われるままに花を茎ごと切りとると、馥郁とした香りに包まれた。
「私をお陽さんにかざして、世界中にやさしさを届けるぞ、と叫んで」と言いました。
 おうむのように真似をして
「世界中に優しさをとどけるぞ」と
空に向かって大声で叫びました。驚くことに、一夜で野原に花が咲き競っていました。花は世界へ響けよ、と透き通った声で
「鳥達よ、ここへおいで」と歌いだしました。すると鳥達がどこからともなく歌声に吸い寄せられて野原に満ち溢れました。
再び「しあわせを世界中に運んでよ、水は無くても、砂漠でも、空気があれば大丈夫、アクアマンが水づくり、種が落ちれば花は咲く、摘めば微笑みやってくる、僕も、あなたも、敵も、味方もみんなにハッピー届けます」
 歌声が消えると鳥達は一斉に花をくわえて飛び立ちました。夢かと周りを見渡すと朝露光るいつもの風景でした。
「どうして、何もかも思うままにできる〝しあわせ〟は僕にささやきかけたのだろう」と不思議に思いました。
すると、聞こえるはずもないのに、
「人の力を借りないと私は何も出来ません、幸せはみんなで作り出すものです」と、優しい声が響きました。 
 呆然と立ち尽くしているとズボンの裾を愛犬のスロッピーがひっぱりました。学校に遅れると思って呼びにきてくれたのだった。
 帰ると母が食事を準備して待っていた。さっとすませて、鞄と弁当を持つと駆け出した。始業ぎりぎりで遅刻を免れた。ラッキー。仲間のいる学校は楽しい。あの花のことなどすっかり頭から消えていた。夜、父さんの観ているニュースには世界の悲惨な戦争や、飢餓や病気に苦しむ人々の生々しい様子が映し出されていた。それを観て、不思議な体験を話し出すと、
「お前気は確かなのか」と言って全く取り合ってくれませんでした。よくよく考えてみると、魔法をかけられていたのかもしれない、と思った。
 友達との遊びに忙しく、不思議な出来事はすっかり忘れてしまっていた。ところが三ヶ月程経って、世界中で考えられないことが起こり始めていた。
砂漠に花が咲き、戦場の兵士は戦いをやめ、飢えに苦しむ人々の荒れ野にも花が芽吹き始めたなど不思議な現象が連日ニュースになっていた。
「やさしさを世界に届けるぞ」の叫びが
世界を駆け巡って人々の心に〝しあわ〟の花が咲き始めたのだ。

 やさしさはみんなの心の中にあるのだ。


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