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おばあさんの台所
2000で紡ぐ物語 12
魚屋さんの軽四が息を弾ませるようにして坂をあがって来てきゅっと家の前に止まった。
レンガ敷きの庭を魚屋さんがズンズン入って来る足音がして玄関の戸を開けるなり
「奥さ~ん、お魚どうですか~」
静かな家に大声が響き渡った。
「はーい、直ぐ行きます」
台所でその声をいの一番に聞きつけて、僕はチョッピリ緊張した、と言うのも買った魚を先ず預かる係なのです。
みんながゆっくり休んでいても停電以外はいつも動き続けているとても働き者で、家で起こることは夜も昼も真っ先に知っている。
でも手を貸すことはできません。
いつも決められたところでじっとしていて、やきもきしているばかりです。しかし夜の暗がりの中に小さな光やかすかな音で老人にきっと安心を届けていると信じている。
さあ準備だ、準備だ、冷気を貯めておかなくちゃ。お魚を買うと、おばあさんは仕分け中にドアを開けっ放しにするくせがあって、僕は
「早くドアを閉めて」と悲鳴を上げる。
おばあさんは八十三だからから仕方ないけれどピピッと声を出してびっくりさせる、チョッピリ気が引けるけれどそれが僕の仕事だからこらえてもらわなくちゃね。
マナイタとホウチョウに、
「今お魚買っているよ、準備は良いかい」と声をかけた。
「僕たちいつでもオーケーさ、洗い場当番のおじいさんの手入れはばつぐんだもの」と元気な声が返ってきた。
目覚めているのは僕たちだけで、ほかのみんなは戸棚の中で寝返りの音も立てずにいる。間もなく始まるあわただしさにおったまげて飛び起きるのさ。
おばあさんがお魚を両手に抱えて入って来くる足音にマナイタとホウチョウは身構えた。
お魚をいきなりマナイタへどさっと置いた。
ザルとボールは朝の光に目覚めると、しわだらけの手につかまれた。上を見るとワカメが降って来た。まつわりつくのを振り払おうと肩をゆすると冷たい水が降って来てボールにたまって浮き上がったワカメをゴシゴシ網目にすりつけられた。それでも体をゆらして汚れを取るのを手伝った。
これはワカメのお洗濯。
お昼の酢ものになるのかな、それともお汁かな、と気になった。
いつも清潔をモットーにしているマナイタにアジとイワシとイカがのっていた。おばあさんはイワシを残してアジとイカをビニールの袋へつめて僕のお腹の一番冷たい所へ入れた。ようし、しっかり守るぞ、と力を込めた。
おばあさんはイワシを水洗いしてマナイタに並べ、少し考えていたがそのままにして、棚で眠っていたお釜のフキンをサット払いのけた。たまげて大きな口をアングリ開けて見上げるとお米の粒がドサッとお腹へ落ちて来た。ひえーと声を上げる間もなく水がドット入って、節くれ立った手がお米をにぎっては放しを繰り返しながら水を流し、洗い終わるとお米の頭の上まで水をはってコンロに乗せられた。
今度は水洗いしたイワシをつまんでペーパータオルでていねいにふいた。
きちっと一列に吊り下げられて眠っていたフライパンはおばあさんの伸ばした手が触れてガチャンと音がして目が覚めた。
下では次々とお昼の準備が始まっていた。今日は何をするのだろう、と考える間もなく、いきなりコンロに乗せられて上から油がドット注がれた。お昼はおじいさんの大好きなイワシのフライだ、と直ぐにわかった。
コンロにお釜とフライパンは仲良く並んでおばあさんが火をつけるのを待っていた。
横目で見るとマナイタの上に野菜を並べて手際よく次々と切り分けてお味噌汁の具材を作っている。ボールにはシラスと長芋とワカメに酢を混ぜ合わせた酢ものが出来上がっていた。年はとっても手早い。きっと美味しい味に違いない。おばあさんはふるえる手でがちゃがちゃ音を立てながらお茶碗、お皿、お椀、湯のみ、おはしをテーブルにならべた。
もう台所のみんなはすっかり目覚めていた。
動けなくてもみんなでおばあさんの役に立とうと一生懸命になっていた。お釜はお米をぐつぐつ炊いて、フライパンはイワシがからっとあがる温度に気を付けた。
みんな自分の役を上手く演じて二人のお昼ご飯が楽しくなるようがんばっていた。
十二時が鳴ると縁側のひなたでうつらうつらしていたおじいさんがお腹の虫に起こされたのか、手をつきながら立ち上がって美味しい匂いのする台所へ入って来た。
「まあまあ食事の時間は正確ですね」
手を休めもせず、ちくり、と言ってニコニコと笑っていた。
おじいさんは最初に大好物のイワシのフライを食べておばあさんに笑顔を見せた。
おばあさんも笑顔をかえした。