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ぼくは自転車に乗りたい!

2000字で紡ぐ物語 11

「自転車に乗りた~い」
ブツブツと乗れないくやしさを夢でつぶやいていた。
「パパ転げないように後ろを持っていて!」
ペダルを踏むとハンドルのぐらつきは止まってスーツと走り出した。
はじめはうまく走っていたのにパパの手が離れているのに気付くといきなり体が固くなって、ふらついて左へ傾いた。
「あっ、ころげる」と大きな声が出て目が覚めた。

 みんなと一緒にスイスイ走りたい。
パパに頼っていてはダメだ。
一人で走るのだから自分の力で乗れるようにならなければだめだ。
 
 今6時だ。
おきるにはまだ少し早かったけれど眠たさを振り払って起き上がった。
キッチンからはママの朝ご飯の準備の音もまだ聞こえてこなかった。
 寝間着を脱いで急いで服を着ると誰にも気付かれないように足音をしのばせて裏口から出て玄関横に置いていた自転車のハンドルをにぎって引き出した。
誰にも気付かれていないと思ったのだが仲良しの犬の太郎がぼくの秘密の行動をしって小声で「どこへ行くの」と言うので仕方なく連れて行く事にした。
自転車に乗れないぼくにとっては押してただ歩くだけでもふらついて本当に大変だ。
 
「倒さないようにしっかり歩いてよ」
ええ、一体誰が声をかけたのか、と見回ししたが誰もいない。不思議だ、たしかに声がしたはずだが。すると今度は
「ふらふらしないで、真直ぐ行ってよ、倒すとおれがこわれてしまう」
声はハンドルをつかんでいる手を伝わって聞こえてきているようだったので
「ぼくに話しかけているのは自転車なの」と聞き返すと、
「そうです、自転車のリンちゃんです、今日から乗り方の先生になってあげるよ、おれも自分で走って自由にあちこちへ行きたいのだが乗る人がいないと自転車が一人で走り回る事は出来ない、仲良く練習しましょう」
ついて来た太郎は時々首を振ってぼくを見て、誰とおしゃべりをしているのか知ろうと聞き耳をたてても一向にわからないのでけげんそうな顔をしていた。
 
 公園は誰もいなく練習にモッテコイの時間だった。はやる気持ちからハンドルを強く握りしめると
「おいおい力まないで落着いて、落着いて、今日の練習は先ず、私と一体になれるように自転車を押しながら速度を速めて、片足をペダルに乗せてスキップをしてみよう」
言われたように何度も試すのだが思うように出来ない。太郎は少し離れた砂場の際に座り込んでぼくのぎこちない動作を大きく口を開けてあくびをしながら眺めていた。懸命に練習を繰り返しているとぼくの片足スキップが自転車となじんであまり左右に振れなくなって来た。すると
「よくがんばったね、今日はここまでにしよう、後二回できっと乗れるようにしてあげる」と心強い声がハンドルを持つ手にビリビリと電流のように伝わって来た。
もう少し練習がしたい、と思ったが言われた通りに切り上げて帰った。
まだ七時前だった。静かに戸を開け誰にも気付かれないように部屋へ戻った。しかしもう寝る訳にもいかないから予習帳を出して机に座ると下からママのぼくを起こす声がした。
 
 自転車練習は太郎とぼくの秘密だ。
明日の朝が楽しみだ。雨を降らさないで、とお天気の神様にお願いした。
 夕食を食べながらパパに「明日は雨降らないよね」と聞くと、
「遠足でもあるの」
「ただお天気が気になっただけ」と返事した。
自転車練習は秘密にしてパパとママを驚かせたかった。
 
 二日目の朝、6時にこっそりと階段を下りて外へ出た。太郎はもう起きていてぼくにすり寄って来た。一緒に公園へ向かった。ぼくが自転車のリンちゃんを押し始めると、
「さあ今日はスキップして、足を大きく上げてサドルに腰掛ける練習だ、がんばろう」と車体を揺らした。
ぼくは自然に体に力が入った。公園に着くと昨日習った動作を繰り返して、左のペダルに乗せた足を軸に右足を上げるとぐらついて転げそうになった。
「バランスを取らないとダメ、手も力を抜いてリラックス」
 ぼくの体の筋肉が文句を言った。
「ぼくの筋肉ならぼくを助けてよ、お願いだから」べそをかきながら練習を繰り返した。リンちゃんは必死で転げないようにがんばってくれた。手や足のバラバラだった動きも願いを聞いてくれたのか何とかサドルに座ってペダルを三回こいでふらついて足をついて止まった。
「上手くいった、今の感じを覚えていて、今日はこれまで、明日はパパとママを連れておいで」
 その夜はパパとママがふらふら走るぼくの自転車へかけ寄ってくる夢を見た。


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