SUPER PITFALL
「スーパーピットフォールって知ってるか?」
差し入れのアンパンを頬張りながら、警部補は唐突に問い掛けた。
「いや、知らないです。絶叫マシンですか?」
応える部下の顔を見て、警部補の咀嚼が一瞬止まる。
「知らねぇか。まぁそうだよな。今いくつだっけ、須藤」
「先月で25になりました」
「25か。 あー、マリオは知ってるよな」
缶コーヒーのプルタブを押し開けて、グイと飲み干し、無糖はマズイなと言いながら、コンビニ袋へ缶を放り込んだ。
「あ、知ってますよ。スーパーマリオでしょ。小学生の頃にDSで、よく遊んれまひた」
そう言いながら両手でコントローラを操る身振り。口に咥えられたやきそばパンが、その声をくぐもらせる。
「あー、そうか、DS。そういう世代なんだよな。よっと」
腰掛けていたベンチから立ち上がると軽く伸びをして首をひねる警部補。ゴキキと鈍い音が響く。
「そのスーパーマリオな。俺がガキの頃、凄いブームになってな」
「あー、それ聞いたことありますよ。争奪戦で死人が出たとか」
「出てねぇよ、流石に」
「あ、そうなんですか。歴史的真実だ」
そういいながら、さっき飲み干したはずのカフェオレの缶を呷り、口をすぼめて吸い出そうと試みる。
「それでな、俺もファミコン買って貰ったんだよ。母ちゃんに頼みこんでさぁ。そしたらさ、母ちゃんがファミコンと一緒に買ってきたのは『スーパーピットフォール』だったんだ」
「スーパーしか合ってないですね」
須藤はふたつめのパンに手を出そうとして、やきそばパンがないことに気づき、渋々手を引っ込めた。
「そういやそうだな。なんか、マリオは売り切れてたらしいから、母ちゃんなりに似たものを選んでくれたんだろうけどな」
「似たゲームなんですか?」
「んーどうだろう、キャラクターとか動きとかは似てなくもない」
似てなくもなかった、うん、と自分に言い聞かせるように警部補は頷いたが、須藤はどこか自分を偽る気配を刑事の勘で感じていた。
「いや、でも面白かったんだよ。
最初こそ、泣きながら母ちゃんに当たったけど、やってみたら面白かった。ま、こどもだからな」
「ふーん」
確かに、その言葉に嘘はないぜ、須藤の中の刑事がニヒルに笑う。
「お、なんだ、そんなにニヤつくような話だったか?ちょっと恥ずかしくなってきたじゃねぇか」
「あ、いやいや、そういうアレじゃないんですけどね」
「どんなアレだよ」
そんな二人のイヤホンに、突如、緊急連絡が入る。
『被疑者逃走!被疑者逃走!付近の捜査員は速やかに現場へ急行』
「お、ついに動いたか。須藤、行くぞ!」
「はいっ、いっちょ行きましょう!」
須藤がコンビニ袋をゴミ箱へ放り込むと、二人は張り込みの現場へと急いだ。
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それから数十分の大捕り物を経て、何とか容疑者を確保、抑え込むことに成功し駆けつけた助っ人へ身柄を渡してから、二人の刑事はようやく近くの植え込みのレンガに座り込んだ。
「はー、ようやくでしたね。まさかあそこまで足速いとは」
「まったくだ、お前がうまく先回りしてくれなかったら取り逃してた」
「まぁそこら辺は刑事の勘、ってやつですかね」
須藤は、コロンボの真似と思しき仕草で額に手を当てる。
「あ、ところで警部補。さっきの話なんですけど、なんで急にスーパー何とかフォールを思い出したんですか」
「あぁあれか、ありゃなぁ」
彼はあごひげをポリポリと掻きながら、少し思案する。
「似てたんだよ、コレが」
そう言って彼は自分の鼻の下をちょんと指差した。
須藤が連れて行かれる男を改めて見ると、口元には丁寧に整えられたヒゲ。
「てことはだいたい、マリオじゃないすか」
「まぁ、そうとも言う。でも俺には」
「スーパーピットフォール、なんですね」
「まぁね」
警部補は少し、はにかんで笑った。
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