ブンゲイファイトクラブ3・由々平秕によるグループAの評


竹田信弥「幸せな郵便局」
4点(印4+技2+題4+思2/細1)★
冒頭の一文からして衝撃でした。語彙にも統辞にも何一つ奇を衒った要素はないのに、たぶんこれはかつてこの世界で一度も書かれたことのない文だと確信してしまう。その後も数行ごとに驚きの連続で、特に「仏壇」「祈るしかなかった」「悲しんでいた」「ぬーんって感じ」「経験は重要だった」には度肝を抜かれました。通常、私たちがスケールの大小やタイムスパンの長短、距離感の遠近などによって適宜フォルダ分けをしている諸種の出来事や物事や他者の存在が、ここでは全て未整理なダウンロードフォルダのなかに放り込まれ、そこに意図せぬ関連付けが自生していく。それらを強引にまとめる「幸せ」という言葉の意味はボヤけるどころかむしろ有無を言わさぬ迫力を帯びていきます。親が殺された、の軽さをどう評価するか迷ったのですが、山田の幸せについてさらりと忍ばされた「この先も含めて」という句にまさしく作者の構えを見たように思い、概ねポジティヴに受け止めました。

鞍馬アリス「成長する起案」
2点(印2+技2+題4+思1/細0)
押印欄が増殖する起案というアイディアは未聞のもので、またそれ自体はとても好みな奇想です。労働中のふとした白昼夢がそれこそ作中の起案のごとく「成長」して一篇の文芸を生んだのだろうか、と勝手に想像し胸を熱くするなどしました。ただ全体に推敲の甘い文が散見され、また構成の強度もやや足りない印象で、鷹揚な流れは美点でもあるのですが、せっかくの奇想が筆を進めるにつれ次第に弛緩してしまった感は否めませんでした。

夜久野深作「夏の甲子園での永い一幕」
3点(印4+技2+題4+思3/細0)
日本の「夏」を背景として、高校野球と〈あの戦争〉が幻想的に二重露光される。冒頭から時間と空間のスケールが、基準となる尺度を一切与えられず伸び縮みするので、読み手はいつどこで何が起こっているのかわからないまま、しかし「千羽鶴」や「敗戦」「靴磨き」などの語彙を通じて向こうから忍び寄られるように少しずつ風景を理解していきます。後半の展開はコロナ禍を連想させつつ、上述した戦争のイメージゆえに私はむしろ核による終末を思いました。全作中最も強く心揺さぶられたことを告白します。全篇を覆う捉えがたさはある種のゴーストストーリーとして確実に本作の強みなのですが、単純に筆力の不足を感じた部分もなくはなく、迷いつつ技術点は低めにつけました。

宮月中「花」
3点(印3+技4+題3+思2/細0)
とにかく巧いの一言。よくよく読めば最後の瞬間まで一度も明示されていなかった花瓶の位置を完全に教卓や後ろのロッカーのうえにイメージして何の疑問も抱かなかった私が「花瓶の置かれた席」という文字列を目にした瞬間の衝撃はまさしく〈理想的な読者〉の反応そのものだったと思います。種明かしの仕方も実にさりげなく上品で、そのうす昏い含意も露悪的に響くことを免れています。また薔薇や秋桜に「いる」を用いて有生性が付与されていることについても洒落た修辞くらいに思っていたのですが、一度結末を読んでしまうともはや一抹のおぞましさを拭いがたくなってしまう。シニシズムの気配には若干の警戒を覚えながら、しかし「秋桜の重さ」を発明しえた語り手の、語り手としての善性は信じるに値するものだと思います。

星野いのり「連絡帳」
2点(印2+技3+題2+思1/細0)
白城さんの評に書いたことを繰り返すと私は「子供の語りを採ることは、言葉の次元で完結するはずの〈正しさ〉がそのまま現実的な〈正しさ〉と紙一重に接する仕方で問われる例外的な領域」だと思っています。その基準に照らしたとき、私はこの作品を必ずしも評価することができませんでした。一句ごとの完成度をふつうの意味で彫琢することと、作品全体として何か物語を浮かび上がらせることという二つの意図の狭間で、一定の、しかも多分にステレオタイプな〈子供性〉を充填するためだけに動員された句や語彙があるように見えてしまい、それを私はどうしても是としえなかったのだと思います。ただしそうした設定を全て取り払っても魅力的な句が多くあったことは事実で、とりわけ「あつい手を」「クレヨンの」「かっこよく」「落葉ふむ」「ほんとうの」そして最後の「先生が」の句はとても好きでした。

金子玲介「矢」
3点(印3+技4+題3+思1/細0)
どうしてこの語りの様式で、これほどに立体的な情景と出来事を描きうるのか。超絶技巧だと思います。特に「先生! 死ぬほどお腹痛いです!」に始まるスラップスティックはカタルシスそのものでありながら、早々に畳んでしまう禁欲と、そこからのクールなオチには痺れました。ちなみに本作の場合、子供の語りであることは教室という舞台装置に必然的に随伴する要素に過ぎずドラマツルギーの本質にほとんどかかわらないので、上述した〈正しさ〉の問題はほぼ無視できることになります。そのほかも含め特に難のあるポイントはないのですが、そのぶんアナーキーな驚きも少なく相対的に点数は抑えられました。純粋に楽しめすぎてしまった、のかもしれません。

以上より「幸せな郵便局」の竹田さんを勝ち抜けファイターに推します。

採点方法の補足
グループBの評
グループDの評

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