4℃をお義母さんに贈るってアリなのナシなの
みなさんこんにちは。お元気ですか。
ドジが服を着て歩いているような私ですが、今日もなんとか生きています。
先月Apple Pencilを大きな体育館の観客席で無くして、拾ってくれた優しい方のおかげで後日無事戻ってきたと思った矢先に、今度は近所の公園で無くして来ました。ちがうApple Pencilを。
(なぜ公園で無くしたとわかるかと言えば、公園で漫画を描いている時まではあったからです。1秒でもあれば1本線を引くという漫画家魂が悪い方に出たと言わざるを得ません。)
新しい優しい人はまだ現れておらず、私が東京の優しさを使い果たしたとするならばブラジルまで穴を掘って謝っても謝り尽くせません。本当に申し訳ございません。
先日、福岡の母に「母の日ギフト」を送ろうとインターネットでポチッとしたら、まんまと送り先の住所が東京の自宅でした。ドジが服を着て軽率という名の靴を履いている。恐ろしい。
しかし
「ゆきさんのそういうところがイイのよね」
そう言って笑ってくれる優しい人がいます。義母です。
福岡の実母と違って近くに住んでいる義母は、毎週のように繰り出される私の新しいドジ話が大好きで、いつもニコニコ聞いてくれます。
「前に新幹線のチケット取ってくれた時、夜8時でお願いして新幹線のホームに行ったら、チケットが朝の8時で」
「目黒のレストランを予約してもらったら、北海道支店で」
「銀座のレストランを予約してもらったら、『明日のご予約となっております』って言われたこともあったわね」
旅行代理店勤務だったらとっくにパソコンを触る仕事からひっぺがされているだろう致命的ドジの数々。
そんなお義母さんと、母の日が近づく5月に食事に行って来ました。
ふと気づきます。目の前に座るお義母さんの着けているアクセサリー。
一緒に百貨手にお買い物に行き、クリスマスや誕生日のタイミングで私が購入しプレゼントしたものを着けてくださってる。
でもそのアクセサリーを見るたびに、心にグレーのもやがかかります。
4°Cのものだからです。
4°Cといえば、インターネット界隈ではたびたび話題になる宝飾ブランドです。
「30過ぎの彼女に4℃のネックレスを贈るとか無いわー」という文脈でやいのやいの言われたりすることを私も目にしていたので、お義母さんに贈ってよかったのか、という思いがしばらく経っても去来するのです。
お義母さんの好みのデザインのものが多く置いてあるからか、これまで百貨店に選びに行くたび気が付けば4℃の店舗に足を運んでお買い物して来ました。
めちゃめちゃ高価ではないけれど、決して安くはない。
前のお誕生日にも、お義母さんは自分の指にはめて何度も何個も確認して、これから一緒に過ごせるリングなのかと思いを巡らして選んでいました。
傷ひとつない新しいアクセサリーを見ている目はとてもきらめいていて、この「選ぶ瞬間の生き生きした顔」のために仕事をしているんだと私も思えるのです。
「お母さん、どれを選ばれても私はまた仕事頑張りますので、全然へっちゃらです」と贈り物を選んできました。
でもネットで炎上するたびに、私がかつて贈ったプレゼントの綺麗なイメージも燃やされるのです。
4℃はそんなこと言われちゃうようなブランドなのか、とデザイナーでも社員でもないのに傷ついてしまう。
悪く言われていることをお義母さんが知ったら悲しむだろうな。
「そんなものをこれまでありがたがって・・・」と思わせてしまったらどうしたらいいのかな。10〜20代の若い女性ならまだしも、もっと大人の女性が着けるものではない、みたいなことを言われる「安いブランド」なのかな。
4℃の中でも高価なものもありますし、手に取りやすい価格のものもあります。4℃があなたにどんなひどいことをしたっていうのという口調で「ないわー」と言われてしまっているのを見るたび、喜んで着けてくださるお義母さんに申し訳ない気持ちになっていました。
でもお義母さんは一番最近プレゼントしたダイヤのリングを愛しそうになでて
「結婚指輪がもう入らなくなってたから、ゆきさんにプレゼントしてもらったこの指輪が本当に嬉しいのよ。洗い物をするときは外して、なくさないようにたいせつにしてるわ。こういう指輪が欲しかったの」
と笑ってくれます。
お義母さんは、貰い物をなんでも受け入れる方ではなく、タオルも洗面器もバスマットも日用品の色は決めたものしか使わないので、義母の家は裏葉色のもので染まっています。
洋服やスリッパにも「こうでないと」と決めたルールがあり、それを守って日常を作るので義母の家はいつも調和が保たれていてます。
薬や文具が置いてある棚は「乾電池」「テープ類」「非常用持ち出しグッズ」など事細かにラベリングされ一目瞭然で、誰が来てもものを探す苦労が少ない整理整頓上手。
「こういう性分でめんどくさいでしょう?でもきちっとしてないとどうにもダメなのよねえ」
お義母さんはそう言うけれど、そのルールがあること、守ろうとすることこそが「美意識」であるのです。
もらったタオルはなんでも関係なくありがたく使わせていただき、もらった置き物は全てちゃんと飾るタイプの私の身の回りのガチャガチャっぷりを思えば、そのお義母さんの美意識の高さが品性さえ作るのだということを強く感じます。
義母が自ら「これがいい」と選び、気に入って身につけてくれているものであり、最高密度の真水の温度である「4℃」の名を冠したブランドのリングが美しくないわけがないのです。
百貨店に何度行っても4℃の店舗に足が向かうのは、たまたまでもなんとなくでもないのです。
優れたデザインとバランスの良い価格設定だからです。
リングを着ける時「若い頃はもっと指も綺麗だったのよ」と義母は寂しそうに笑うけれど、いまのお義母さんをどれほど美しいと感じているかを私はもっとしっかりとお伝えしなければなりません。
身に備わる美しさという贈り物は、どこに行っても誰からももらうことができません。自分だけが自分に与えてあげられるギフトの厚みで美しいお義母さんなのです。
せめて私はその傍で、美しくあるということのやり方をちょっとずつ学んでいきたいと思います。
そう、私の家の棚も、義母の真似をして今年になってやっとわかりやすくラベリングすることができたんですよ。「正露丸」とラベリングした引き出しには全く正露丸が入ってなかったりするんですけど、
「ゆきさんのそういうところがイイのよね」
そんなお義母さんの声が聞こえて来そうです。
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末次由紀のひみつノート
漫画家のプライベートの大したことないひみつの話。何かあったらすぐ漫画を書いてしまうので、プライベートで描いた漫画なども載せていきます。
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