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子供達に親がいらなくなる日はそのうち来る。 でもディズニーランドがいらなくなる日は来ないのではないか。

これは夢の国をめぐる冒険と、その中で胸によぎった深い偏見、そして敬意を自覚した記録である。

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氷点下なんじゃないか・・・そう感じる12月30日、朝8時半。

冷たい雨に打たれて、なぜかわたしはスペースマウンテンを取り巻く長蛇の列の只中にいた。

なんのことはない。このコロナ禍で歓迎されないのは分かっていても、子供達と約束したディズニーランドに行くという予定を取り止められず、開園前から並んでいたのである。

予報はしっかり雨だったのに、大した雨じゃないだろう、だってこの二ヶ月全然雨降らなかったし、と甘く見て、全然雨対応の準備をしていなかった。急遽買ったレインコートでも足元は濡れていき、子供達はどんどん冷えていく。かわいそうに思ったミッキーが9時開園を8時20分に早めて中に入れてくれたけど、アトラクションが動き出すのは9時。それまでスペースマウンテンの列に並ぶのだが、屋根がない。

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私は特にディズニーランドを好きというわけではない。ジェットコースター好きとしては富士急ハイランドの方が何倍か好きである。

なのになぜこんな過酷なイベントに乗り出したのかというと、やっぱり子供達がこの夢の国を好きだからだ。年末に恒例だった親戚にも会えず、クリスマスパーティもできず、いろんな楽しいことを我慢してきた彼ら全員が、共通して好きな場所に連れて行ってあげたかった。

それでも個人としては、この完璧に近いアミューズメント施設では「楽しいに決まってる場所で楽しませてもらうお客さん」にしかなれない気がして、没頭できない自分がいることも感じていた。

でもハッとする。今回だってこの厳しい雨、逃げ場のない行列。変わる開園時間。どこが「楽しいに決まってる場所」?。

大人だけならなんとかなる。でも子供ができてからは、ディズニーランドの難易度は跳ね上がった。

子供連れで剣ヶ峰に登るようなもの。攻略をするためにアンテナを張り巡らせないと跳ね返される山だ。

人の多さ、レストラン予約の困難さ(いつも負ける)、どのファストパス(もうないけど)を取るかの判断、小さい子を連れてると重要になる休憩場所の確保、食料の確保、水分の確保、適切なタイミングでのトイレ休憩、迷子発生のリスクに目を光らせて、落とし物の有無に気を揉んで進む。

今回またルールが変わっていて驚いた。なくなったファストパスに変わり登場したスタンバイパスの特質を捉えるのに時間がかかった。

ディズニーランドは、コロナ下で来場人数を絞る戦略から、アトラクションに並ぶ人数をコントロールするという方針に舵を切ったと感じた。

15分で乗れるファストパスの代わりに、スタンバイパスは約40〜60分で人気アトラクションに乗れる「予約制」のようになっていた。

待ち時間が短いとはいえないけれど、新アトラクションに6時間も並ぶ非人道的状態を、どのアトラクションも大体40〜60分で乗れるという状態に緩和するこの新ルールは大変優れていると感じた。

人の流れをコントロールして、並びすぎない状態を作り、ソーシャルディスタンスをぎりぎり可能にしていた。

でもそのスタンバイパスも、人気アトラクションは早々に「発券終了」になる。並んでればいつかは乗れるというものではなくなった。

その点からしても、スマホを持ち、情報収集に熱心でないと望むようには楽しめないシステムになっている。山の難易度が上がっている。

過酷な雨が午後に上がり、なんとかレインコートを脱ぐことができた。それでも雨でぐしょ濡れの靴。ずぶ濡れのジャンパー。白く大きく吐かれる息に、「ディズニーランドは登山だ」という思いを強くする。

それでもランドの中にはお揃いのプーさんの大きな帽子の女の子達グループや、モンスターズインクのサリーのトレーナーの家族連れ、ミッキーカチューシャの制服のカップルなど、チーム感を全面に出した人々が闊歩していた。

若い男の人だけのグループもたくさんいた。

私はふと「男の人だけでディズニーランド来るのって、楽しいのかな?」

と口に出していた。

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口に出してハッとした。

これが実はものすごく根の深い偏見なのだと、口にした瞬間に気づき恐ろしくなった。

私はテレビ番組の『SASUKE』が好きで、毎年楽しみにしている。SASUKEの皆さんのYouTubeもチャンネル登録して見守っているくらいに。

女性の参加者もいるが、後半になると男性メンバーでほぼ占められるあのチャレンジ。誰が成功しても誰が脱落しても、自分のことのように喜び泣いている挑戦者の皆さんを見て「男の人ばっかりであんなふうに泣いて抱き合って騒いでるのが絶対一番楽しいんだよねえ」と言っている自分がいた。

なんでディズニーランドに男の人同士で来るのが「面白いのかな?」という疑問形で語られるのか。

女の子同士のグループにはそうは言わないのに。

ここはカップルとか男女のグループで来るのが楽しいのではないか?と、

つまり、なんとなく「女の人や子供がメインで楽しむ場所」と思っているってことではないか・・・。

外から来る冷たい風が奪う体温と別の理由で、自分の体の芯が冷たくなるのを感じた。「男の人が少女漫画を書店で買いにくい問題」みたいな申し訳なさ。

そうしてしまっているのは、私が抱いたような「男の人なのに、なぜここに」という勝手な目線であり線引きだ。

千葉県の最低気温は1℃の12月30日。雨の屋外で、寒さに震えてルールを守って列にいる私たちは、同じ山に登ろうとする登山者なのに。

甘くないと知っているディズニーランド。

いかに攻略するか、いかに危険を回避して制限時間内で楽しみ尽くすか。難しいミッションで溢れたこの冒険を楽しむのに、性別も年齢も関係ないのに。

何度「今日ランドに来るのは判断を間違った」と思ったかしれないような天気。

いつもは順番を争い合うライバルが「この場所にいる人たちはみんな同志」くらいの気持ちになっていく。

弱音を吐かない子供達も、無茶な予定になんの批判もせず協力してくれる夫も、困難なランド環境の中でも笑顔を絶やさないキャストの皆さんも、寒さや疲労や急な「設備点検で30分アトラクション動きません」のアナウンスにも粛々と従うゲスト皆さんも、みんなで作り上げる山がディズニーランドなのだ。

私はディズニーランドをそんなに好きなわけではない。

しかし、毎回来るたびに難易度が変わるこの夢の国に、いつも魅了される。

来るたびに子供達の年齢が上がり、目に映るものが変わり、乗れるアトラクションが変わり、「このリストバンドで、もうここの乗り物全部乗れるよ!」と言われた4歳のWちゃんの目の輝きに心が震える。

自分が「どこでも行けるチケット」をもらったかのように、飛び跳ねたくなる。

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子供の目で洗われたディズニーランドが大人の心に流れ込んできて、もう一度生き直しているような気持ちになった人は少なくないはずだ。

子供時代も、少年少女時代も、大人になっても、親になっても、違う楽しみ方ができることをディズニーランドは教えてくれた。トムソーヤ島がどれほど優れた場所なのか、親になるまで知らなかった。

子供達ともう行かなくなっても、おばあちゃんになっても、私はまた友達と来られたらいい。

私が思った「男の子ばっかりでランド来て楽しいのかな?」なんて、きっと頭の硬い世代しか思わない。若い世代はみんなそれが普通。誰と来てもいい。誰と来ても楽しく難しく面白いのだ。

「おばあちゃんばっかりでランド来て楽しいのかな?」という視線で見られない未来が来そうな予感がして、一緒に行ってくれそうな友達を指折り数えた。

ディズニーランドがそんなに好きじゃないなんて書いたけど、この虚構の楽園の気高さを尊敬している。

子供達に親がいらなくなる日はそのうち来る。

でもディズニーランドがいらなくなる日は来ないのではないか。

緊急事態宣言が出される状況になってしまった今日、この全力で夢を作り上げる場所を、私たちの心がみんな揃って飛び跳ねることができる場所を、心底心配している。



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