コスプレサミット2023という舞踏会
身の危険を感じるほどの猛暑です。皆さんご無事ですか。この酷暑をうまいこと受け流すことができていますか。
「受け流す」というのは近年私が特に気に入っている概念で、
「君は真正面からなんでも受け止めすぎだ」という指摘を受けてから、箸の間をすり抜ける流しそうめんのように「受け流す」ことに気を配っています。真正面から受け止めてたくさんの怒られを引き起こすのを卒業したい。
なのにこの夏。
真正面からぶつかりに行ってしまったイベントがありました。
世界コスプレサミット2023です。
名古屋で2003年からスタートした歴史のあるコスプレの世界祭典。今年はコロナ禍を経て四年ぶりの完全開催で、33国の参加がありました。
「審査員やってよ」と主催の小栗さんからかる〜〜く頼まれて、「私でよければいいですよ〜」と連載もしていない今年ならできるかもと引き受けたわけです。
5月くらいに。
そこからじわじわと、あれ?コスプレサミットって・・・・審査員も・・・平服でいいわけなくない・・・・?顔出しをしない私が、どんな格好で行けばいいんだろう・・・・?
かる〜く受けたオファーが、本当はものすごい高いドレスコード舞踏会だったと気がついてから、私の中の気温が心理的に20度下がりました。
コスプレのアイテムなど何も持っていません。トナカイとサンタの帽子くらいしかないタンスをじっと眺めてもそれ以上のものは出てきません。靴も、カバンも、コスプレに使えるものが何もありません。
思えばなんとつまらない人生でしょう。コスプレサミットの過去動画を見ていると、コスプレの世界の芳醇さに息が止まります。
社交界に出ていけるまともな服を一着も持たないシンデレラの気持ちが、今やっと深く理解できます。なんて惨めなんでしょう。
「そういう時こそ、お着物ですよ・・・」
その時、胸の中に響く囁き声が確かに聞こえました。
ハッ。
その声は、かなちゃん?
「こういう時に頼りになるのが着物です。あなたには袴がある。それを着ることはベストな選択なのではないでしょうか」
ハッ。
「名古屋はものすごく暑いですけど」
ハッ!?
8月上旬の名古屋で開催されるコスプレサミットは、毎年気温との戦いです。想像するだけで「無茶だ」ということがわかるくらい、参加者皆さん着込んでいらっしゃる。あああ・・・・ああああ・・・そんな中で、着物を・・・袴を・・・・。
「いやべつにTシャツでもいいんですよ」と大会スタッフの方々に言ってもらいつつも、もしかしたら今年だけ名古屋はすごく涼しいかもしれないし?と淡い期待をこめて、Tシャツ、袴、浴衣の3パターンを持って行きました。
快晴だ!
37℃!
屋外はどの場所でも室外機の真横みたいな温度!
どうしよう?どうしよう?と思ってたべたひつまぶし!
どうしようどうしよう?と思いながら見た地下街の「コスプレ展示会」!
コスプレサミットの歴史と歴代の衣装などが飾られています。
この鎧なんて風が入らないどころか、太陽の下で着たら発火するのでは?
そう、ここは世界コスプレサミットの聖地。
つまり『推しのためにどれほど我慢できるか世界大会決勝戦』
参加の方々はみんな、最大限の我慢をしてこの場に来るのです。
袴か?浴衣か?なんてその程度で悩む自分がアホらしく、もうここは最大限頑張ろうと思って、持ってきた着物をホテルで肩にかけました。
ズン・・・
うっ・・・・・
軽いはずのポリエステルの着物が、鉛のよう。
なんでしょうこの布の暴力。
エアコンが効いているホテルでこんな・・・・
体が布で覆われていることの危機感、凄まじき・・・・
友人に手伝ってもらってなんとか袴まで着込んで、前夜祭に向かいました。
ハアハア。
みんな大丈夫か〜〜〜〜〜〜〜〜
それは大丈夫なんか〜〜〜〜〜〜
会場はすごい人の数。みんな分厚かったりビニール素材だったり何重にも布を身にまとっている。もう私は布の面積でしか人を見れなくなっていて、ラムちゃんを見れば安心し、ガンダムを見たら重症者を見つけた看護師さんのようにハラハラとしていました。
草の人(?)〜〜〜〜〜〜〜〜〜大丈夫なの〜〜〜〜〜〜〜
しんじゃうよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あらゆる角度でエキサイティング。
夕方になったらもうちょっと涼しいのかなと思ったら、もちろんそんな自然の多い田舎とは訳が違う名古屋市の中心部オアシス21。ぜんぜん涼しくなりません。
私は顔出しをしない者の運命としてお面を被り、審査員のお役目として前夜祭に参加。でもレッドカーペットを目の前にして気づきます。
「あっ、全然段差が見えない・・・」
レッドカーペットは単独で降りる進行表の予定。手すりを使って降りることもできないほどの大階段。
転がり落ちる未来しか見えない自分。
そんな時、そういう被り物をするコスプレイヤーのサポートもたくさんしてきたであろうスタッフのKさんが「大丈夫です!調整します!」と駆け出してくださいました。
しばらくして、「ベテランのコスプレイヤーのYamahanaさんとyuegene_fayさんに一緒に階段を降りてもらうように段取りを変えました!お二人とも超オタクなので大丈夫ですよ!」とKさんが大汗をかきながら伝えに来てくれました。
「超オタクなので大丈夫ですよ!」
それがこんなに頼もしく響く名古屋の夜。すごい。かっこいい。みんなかっこいい。自分が一番カッコ悪いけど、その分みんなのかっこよさが沁みる。
ビクビクしながら降りる階段も、お二人が両脇から支えてくださるので安心して降りられました。
お面のせいで臨場感がなく自分がどこにいるのか、誰に見られているのかほぼわからなかったけど、お二人の手の優しさだけはパラシュートとかエアバックのような安心感をくれていました。
助けていただいて本当に良かった。感謝してもしきれません。
Yuegene_fayさんはタイの有名コスプレイヤーで、「タイでもものすごい規模のコスプレイベントがありますよ」と教えてくれました。yayahanさんもインフルエンサーで衣装作りの難しいところとメイクのこだわりを教えてくれました。他にもたくさんのスタッフさん参加者さんと楽しい交流ができました。
33カ国のコスプレ世界大会は、事前の衣装審査で50点、2分30秒の間のパフォーマンスで50点、その合計点で競われます。
衣装と舞台装置(大道具小道具)の総重量が40キロ以内というルールの中、3メートルを超す大きなコスプレ衣装もあれば、3回にわたる早着替えでキャラクターをたくさん見せてくれるチームもありました。
剣が光ったり、衣装が光ったり、飛び道具が出たりラジコン装置が走ったり、それら全てが手作りでないといけないのです。
優勝を飾ったのはファンタジーアクション少年漫画「マギ」をテーマにしたイギリス代表のチーム。その衣装と大道具両方の作り込みの繊細さと完成度に軍配が上がりました。
見るのは簡単でも、作るのは大変。
それを心底わかっている方達が運営にも携わり、スタッフとしても参加者としてもお互いに深くリスペクトする、そういう空気が会場全体にありました。
作品を愛していないとできないし、作業も愛していないとできない。
真夏の名古屋に来て、暑い中限られた数時間を楽しむために一年を費やす。それはこの場に来れば自分は「変わったことする変な人」ではなく、努力の価値を100%理解してくれる人に会えるから。
孤独を楽しむ力と、見られることを恐れない勇気。そして人はなりたいものになれるということ。その思いが綺羅星のように輝くコスプレサミットでした。
今年の夏の旅行は私にとってはこの名古屋だけでしたが、オリンピックの会場に行けたみたいな満足感です。審査員に誘ってくださったコスプレサミットの皆さんありがとうございました。
「コスプレしたくなるような作品」というジャンルへの誘惑が私にも生まれる2日間でした。
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末次由紀のひみつノート
漫画家のプライベートの大したことないひみつの話。何かあったらすぐ漫画を書いてしまうので、プライベートで描いた漫画なども載せていきます。
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