「一番縛り」カラオケとネームで飛ぶ方法
『ちはやふるplusきみがため』という漫画の連載をしている。
毎月ネームを描く時苦しい思いをしているのだけど、11首はとくに苦しみがひどかった。「こう進むのだ」とプロット(あらすじ)は定まっているのに、それをそのままiPad上の白い紙に漫画の形で描いてもどうしても「走らない」。
そう、「筆が乗る」や「ペンが走る」という表現があるが、まさにApple Pencilも走るときは走るのだ。
でも10月の私のApple Pencilはねり消しに足を取られてしまったかのように進まない。5日間ずっと「描けなかったらどうしよう」と震えながら、それでも20ページ進んで、そうしてやっと私はねり消しにまとわりつかれていることに気づく。
「飛ばなきゃ」とハッとする。
Apple Pencilは飛ぶ。飛ぶ時は飛ぶ。
ハッとしてからの私は、それまでと全く同じプロットを少し高い目線でながめる。
「面白いとはどんなことなんだったかな」とラケットの上で跳ねるピンポン玉を止めないイメージ。
後に破棄される20ページを描いていた5日間は、ピラミットの下の段の大石をぐううううと唸りながら押すような気持ちだったのだ。本当は根が暗い自分の、重く真面目なだけの悪い部分。
この「ハッ」。これがネームを描き始めた1日目からできたらいいのに。
いつもそう思うのに、どうしても苦しい5日間を過ごしてからじゃないとそうなれない。
「ハッ」として、全く同じプロットをピンポン球のイメージで駆け抜けたら3日で40枚描けた。
「面白いってどんなこと?」と自分の漫画に問いかける時、自分以外の人の力がたくさん見える。これまで読んだたくさんの漫画だったり映画だったり小説だったり論評だったり、あなたの感想だったりあなたがこれから抱く感想だったりが、わたしのなかで「こっちのほうが面白いね?」と軽やかに跳ねてるのがわかる。
また助けられた。
本当に辛かったけど、またなんとかなった。
私の中にある誰かの優しい手にタッチしたいような気持ちで、10月もネームを提出した。
さあペン入れだ、という段階で私のスケジュール帳に踊るのは「ガチカラmini」。
「ガチのカラオケ大会・mini版」である。
カラオケ大会をやっている場合じゃないのに、ちょっと前から予定に入っている。
年に数回アメリカから仕事で日本に帰ってくる友人。その彼が来た時に開催される「ガチカラ」。彼の帰国が急遽決まったので準備期間が短く、簡単にサラッとカラオケできたらいいね、というくらいの気持ちでスケジュール帳に書いたのが実行される。
ガチカラのメンバーはだいたい7名くらいのメンバーでいつも決まっている。しかし今回は急な開催でガチメンバーは予定がつかず、急遽facebookで「急なんですが真昼間5時間ほど集まれる方いませんか」と呼びかけた。
珍しい呼びかけに意外なほどにたくさんの参加希望が寄せられた。
最終的に11名。休みの日の昼間に本当にカラオケをやるためだけに集まる11名。漫画家、デザイナー、編集者、ライター、地図職人、イベント屋さん、高校生、中学生。アルコールなし。
カラオケ好きならわかると思うが、11人でカラオケをやると普通は1時間に一度程度しかマイクを握る順番が来ない。
急遽集まってくれたカラオケ好き11人に、できるだけ歌う回数を多く持ってもらいたくて採用したルールは「一番縛り」。
◆一番だけ歌って交代
◆「この歌は全部歌いたい」という場合は申告してくれたらOK
カラオケボックスの「どこに座るか問題」。これも私が勝手に「誕生日順」(生年は問わず)と決めて、1月生まれから順に座ってもらい、1月と11月生まれの中学生と高校生でジャンケンをしてもらって、勝った方から回っていくことにした。
始まってすぐ気づく。
めちゃくちゃ回転のペースが速い。曲を決めるのをハイスピードで回さないと追いつかない。誕生日順を絶対に崩さないというルールなので、横の人が決めるのを追い越すことはできない。自分の歌える歌の確認、メンバーの年齢層の確認、嗜好の確認などをしながらどんどん進む。
歌いながら全員が感じる。
一番しか歌わないってめっちゃ楽。
どんな激しい歌でも一番だけだと喉が疲れる前に終わる。リフレインがしつこい歌に喉がダメージを受けることがない。「後半ちょっと覚えてないんだ〜〜」という歌も一番だけだったら歌えたりするから、思い切ったチョイスができる。
パワーのあるカラオケ好きには物足りないかもしれないが、どんどん進むこのスタイルはいいことも多い。
◆歌を覚える予習の負担が格段に軽い
◆たくさんの歌に触れられる
◆カラオケの最初から最後まで疲れない
◆思い切った選曲の挑戦ができる
時々カラオケのムービーに出てくる「わたせせいぞう」さんの絵。
9月4日生まれの妹尾朝子さん(漫画家:うめ先生の作画担当)と9月8日生まれの私は隣の席で、
「このわたせせいぞうさんのイラスト、やたら出ますね?」
「なんででしょうね?わたせせいぞう先生に似せたAIなんじゃないですか…?」とヒソヒソと言い出す始末。
後で調べたらDAMのサービス「プレミアムアートカラオケ」というもので、わたせせいぞうさんのイラストが出るという楽曲が決まってる模様。
そうとは知らない私たちは、「わたせせいぞうさんの絵が出そうな曲を当てるカラオケとか楽しそうじゃないですか?」という朝子さんの意見に大笑いして、懐メロを頑張って入れたりして、一番しか歌わない気楽さに背中を押されたくさんチャレンジを重ねる5時間。
私はそんなにカラオケが得意でもなく、趣味というわけでもなく、年に1度くらいしか行かない。
でもそのアメリカから時々やってくる友人との「ガチカラ」と、そのメンバーのカラオケに対する真剣さに触れ、少しずつちゃんと歌を探究しようという気持ちになっていた。
その気になれば、YouTubeにはたくさんのボイトレ動画がある。
「歌ってこんなに奥が深いものだったのか」と驚きつつ、素人にもわかるように丁寧に教えてくれる動画の多さに感動した。
漫画を描きながら発声練習はできないから、発声練習のために手が止まる。ガチカラが迫ると自転車に乗ってる時やエレベーターに乗ってる時に密かに発声練習する日々になる。
なんなんだ。アホなのか。私は一体なんになろうとしているのか。でも「このボイトレを毎日8分だけやれば変わります!」という動画を1日やっただけで本当に自分の声の伸びが良くなる実感がある。
なんなんだ。その素直さがあったら漫画がもっと上手くなるはずじゃないのか。お絵描き動画のチュートリアルをまっさらな気持ちでやったらいいんじゃないのか。
でもお絵描きと発声練習は同時にはできない。ループ。
「ペン入れしながらカラオケしよう」と思っていたガチカラminiも、一番縛りの慌ただしさのせいで全くそんな余裕もなく駆け抜けてしまった。
「カラオケより末次さんとネームについて語り合いたいんだけど」と言っていた朝子さん(この時ネーム開け)とネームの話もできず、それでもずっと楽しく歌ってしまった。
5時間で133曲。一人当たり13曲。
苦しかったネームの沼も、跳ねないと抜けられない。カラオケ会も「だれか〜〜来れる人助けて〜〜」と叫ばないと開けない。
ハウツーを公開してくれているいろんな動画に助けられることも増えた。
年を重ねたってまだまだ変われるし成長できると思うことが増えた。
漫画だけいつもいつも成長できてない気持ちになるけど、カラオケに5時間とその後の反省会に3時間使っても、なんとか原稿を上げることができた。
漫画家なのに透明感のある美声をもつ鈴木みそ先生に「末次さんの声、ハイトーンの出がよくなったね〜」と褒められて、へへへと嬉しくなったりもした。
「声は、押し出すのではなく、引きながら出すのです」というボイトレ動画の先生のアドバイスで私の歌い方がだいぶ変わったように、
「ネームは、押すのではなく、飛びながら描くのです」とApple Pencilを握る時にいつも思い出せたらいいんじゃないか。
まだまだ変われるし成長できると思うことは、どんな分野からだってプラスの効果しかない。
今月も乗り越えられた。まだまだ変われるし成長できる。
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末次由紀のひみつノート
漫画家のプライベートの大したことないひみつの話。何かあったらすぐ漫画を書いてしまうので、プライベートで描いた漫画なども載せていきます。
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