漫画家の忘年会と願いに似た憧れについて
clubhouseという一世を風靡したアプリを使って、平日の朝9時から漫画家有志により行われている【漫画家の朝礼】。
そのリスナーは、世界の五大陸どこに行っても「マイフレンド!」と歓迎されるくらいの人間力と生活の規則正しさを持つ御仁に違いないので、世界に20〜40人ほど。その人間力と愛溢れるリスナーさんに支えられ、平日の朝なんとか続けているコンテンツである。(当たり前だが無料である)
リスナー皆さんを代表して、漫画家の朝礼大忘年会に参加してきたことのことをお話ししよう。
なんでそんな、リスナー側なの と思われた方。聞いてほしい。
だって知ってしまったのだ。
大人気漫画家とそうじゃない人の間には相模湾くらいの海が横たわっていることを。
詳しくはなかはらももた先生のyoutubeを見ていただけたらと思うが、
忘年会の会場としてお伺いした折原みと先生の邸宅が素晴らしすぎて、ちょっと「何回転生したらここまで来られるか」と考えてしまうレベルだったことをご報告したい。「3回・・・いや、4回目でもこのお家に住めるイメージが湧かない」とお家をいろいろ見させてもらう中でどんどんマインドが漫画家から転げ落ちていく。
煌々と陽の入るお仕事場。
いつ窓の外を見てもパノラマで広がる富士山と目が合う風光明媚さ。
折原みと先生の資料と著作が並ぶ本棚。「夢見るように、愛したい」を何度も読んだ子供の頃の自分が顔を出す。「天使の降る夜」「エンジェル・ティアーが聴こえる」「永遠のみえる日」…小説の天使シリーズが大好きだった。天使の「シンくん」。明らかに私の漫画にも影響している。
「時の輝き」は漫画で何度も読んだ。
「漫画家であり小説家である」
それが可能ということを、軽やかにパワフルに見せてくれていたのが折原みと先生だ。
その憧れの先生にふさわしい、素晴らしい仕事場だった。
マリー・アントワネットはベルサイユでケーキを食べててほしいし、折原みと先生は海と空と緑に囲まれた静かな邸宅で恋を描いていてほしい。そんなふうな読者の思いを全く裏切らないありよう。
カレー澤薫さんの名言が脳裏に浮かぶ。
大人気漫画家とは・・・・「大人気漫画家」という言葉を受け入れる度量のある人間だけが体現できる精神の格だったのだ。
それが痛いほどわかる。
ひうらさとる先生が取り寄せてくださったセコガニの一杯で5パターンくらいに変化する美味しさの波にクラクラしながら、自分の来た道と行く道を考えそうになり、「忘年会ぽい」と1人でふふふと笑ってしまった。
目の前の席で折原先生も笑う。
チャイムが鳴り誰かと思ったら「隣の人が暖炉の薪が足りないから借りに来たみたい」と薪をわけてあげていた。
近年都会でも田舎でも醤油の貸し借りさえしないというのに、薪の貸し借りが行われている。ここはドイツのロマンチック街道ではない。折原先生のお人柄の帳の中のロマンチック葉山なのだ。人間関係でさえも豊かで、長年をかけて培われた関係性のネットがゆるやかに近隣を覆う。
折原先生を「漫画家の理想」のように思う一方で、パステル色の西日にシルエットを際立たせる富士山を見て思う。
美しい稜線を見せる富士山も、8割が荒野でできていることを。
楽しく美しいことばかりだったはずがない。
それでも、折原先生が私たちに美しく優しい姿を見せてくれている、そのことが尊いのだ。
山頂に辿り着けず裾野で生きる辛さを抱えながら見上げる時、富士山は穏やかな雄大さでそこにあってほしいもの。
その願いに似た憧れを、折原先生はころころと笑いながら受け止めてくださっていた。
何が言いたかったかというと、折原みと先生に恋をしていた中学時代を超えて、再び折原みと先生に恋をし直す1日だったというご報告だ。
人生長く生きていると、離婚してもまた同じ人と再婚することもあるというし、初恋の人にもう一度恋をすることもある。それが自分にも起こった。
大好きな作家さんが変わらず素敵でいてくれることが、どれだけ人生の祝福となり得るか。
どの作家さんも七転八倒しながら作品を描いているのだと思うけれど、「最初の読者さんをどれだけ裏切らないでいられるか」、そういう観点をも込みで頑張れるのはスターとしか言いようがない。
飲めないけれど夕日色のシャンパンで乾杯したいような、そんな気持ちになった。
このような巡り合わせをくれたclubhouseと、聞いてくれているリスナーさんに2022年の大晦日に深く感謝したい。
皆さんのおかげで頑張れたといっても過言でないのである。
ほんとうに。
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末次由紀のひみつノート
漫画家のプライベートの大したことないひみつの話。何かあったらすぐ漫画を書いてしまうので、プライベートで描いた漫画なども載せていきます。
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