無職の日々#18 前世、あなたとふたり
さて、ユスティニアヌス1世とテオドラの皇帝御夫妻です。
彼らに関し有名なのは「ニカ暴動」でしょう。
まあ早くいってしまえば「フーリガン」みたいな「熱心な戦車レースのサポーターの皆さん」が、試合からの熱狂興奮のあまり、よく報道などで見かける「どこぞの川へ飛び込む」程度で満足しておいてくれればよいものを、いろいろあって日頃積み重なっていた皇帝(ユスティニアヌス)への不満がついでに爆発し、ご丁寧に対立候補まで担ぎ上げて、暴徒と化して皇帝失脚を狙い押し寄せて来た、みたいな感じです。
(いまいちよくわかっておりませんが、多分そんな感じ)
これは、怖いです。
さすがのユスティニアヌスも、逃亡を試みるのですが、テオドラが、これを諫めました。
『帝位は最高の死に裝束である』
と。
「お前、自分の立場わかってるよな?
責任とプライド持てよ、この野郎。」
と、いうことでしょうか。
いやいやこの状況だし、と思いますが、庶民(しかも、文字通り最底辺)出身で苦労人のテオドラからすれば、「いったんは命を守るために退いてもよいが、この状況でそのような引き方をすると、どんな末路が待っているかわからない」とでも考えたかもしれません。
ここで、あくまで私個人としての感覚的な見解を述べることが許されるのであればですが、
このとき、ユスティニアヌスに向けられたテオドラの言葉は、彼女自身の中で滓のようになって、奥底のほうに長い間沈殿したまま、既にどう表現することもできないほどに凝り固まった、深く激しい怒りと悲しみの表現、心の叫びみたいなものだったのではないかな、ととらえています。
拒否を許されず、抵抗のすべも持てず、少女の頃から、女性たちの心も体も当然の権利のように踏みにじり、自分たちは手一つ汚すことなく彼女たちから利益だけを搾取し続けた大人の男たちへの恨みや怒り、これまでずっと押さえつけられ、溜りに溜まって彼女を苦しめてきた多くの感情が、激しい興奮を伴う大衆の怒りから逃げ出そうとするユスティニアヌス帝の姿を起爆剤とし、突如として煮えたぎったマグマのように噴出して、ユスティニアヌス帝にぶつけられたのではないか、と想像しています。
ふざけるな!と。
これまでお前のしてきたことの結果だよ!!と。
観念しろ!!!地獄の底まで付き合ってやるから!!!!と。
いずれにせよ、これでユスティニアヌスは覚悟を決め、将軍べリサリウスに命じて、反乱を鎮圧させます。
もしも私の想像通りであるなら、ユスティニアヌス帝の懐と覚悟、そしてテオドラへの愛情は、マリアナ海溝並みに深い……
と言いたいところですが本当は、単純に怖かっただけかもしれません。暴徒と化した民衆の皆さんよりも、愛し麗しのテオ様、ただお一人が。
ちなみにこの二人の年齢差、20歳ぐらいです。(テオドラが下)
テオ様、最強。
つくづく、この時べリサリウスが結果を出してくれて、本当に良かった……。
さて、前回も書きましたが、ユスティニアヌス帝はテオドラを大変に信頼し、ことあるごとに彼女に相談や助言を求めたようです。ニカ暴動あたりでもう、完全にお尻に敷かれた感じでしょうか。
ニカ暴動で見事な働きを示したべリサリウスは「最強将軍」と呼ばれています。非常な忠臣で、しかも最強。日本でいえば、(私個人的に大好きな)本多忠勝みたいなイメージでしょうか。
そしてべリサリウスの奥様、アントニナも、実は娼婦さんのご出身です。
境遇が近いこともあってか、テオドラとアントニナは仲良しだったそうです。
法律を変えての娼婦との結婚だったのですから、4人とも、貴族や高官などには、どうしても白い目で見られてしまいがちだったことでしょう。
頻繁に顔を合わせ、励ましあい、助け合っていたのではないかな、と想像しています。特にテオドラとアントニナは。
今の境遇にいる自分たちだからこそ、できることがあるかも。と、互いの夫たちも交え、熱く語り合う時もあったことでしょう。
実権はテオドラに握られ、現場の功績はべリサリウスに任された「チーム・ユスティニアヌス」の誕生だった、かも。
(ユスティニアヌスは多くの外征を成功させたことで知られていますが、本人が実際に現地に赴くことはあまりなく、実質ほぼ、忠臣べリサリウスの功績だったようです。)
さて、テオドラは自身が通ってきた道のりから、女性の権利の保護に対し大いに関心を寄せていました。そしてユスティニアヌス帝の統治下において、下の通り、テオドラの意見が多くかかわっていました。
・ 売られて奴隷扱いを強要されていた娼婦さんたちの解放
・ メタノイア(悔恨)と名付けた女子修道院を開設し、娼婦さんたちを保護、援助
・ 売春斡旋業者の取り締まり
・ 強制売春の非合法化
・ 強姦罪の厳罰化(その場にいて見ていただけであっても死刑、死刑囚たちの財産は被害者に引き渡される)
・ 女性の個人財産の保護
・ ほか、女性の権利の保護など、差別的な習慣の撤廃
非常に画期的だったのではないかな、と思っています。
(特に一部は、今の日本でも、おおいに適用をご検討頂きたいと思います。)
苦しい半生の日々を過ごしてきたテオドラ(たぶんアントニナも)だからこそ、奴隷として搾取されるしかなかった女性たちの自立と幸福のために思いつけたアイディアの数々だったと思います。
勿論、これを認め実施した唯一無二のパートナー、ユスティニアヌス帝あってこその実現です。
法律で修道院を設立し娼婦さんたちを保護、援助したとなると、資金面での援助も当然行ったでしょうが、ここまでした人が、お金だけ出してあとは放置、は考えづらそうな気がします。
たとえば修道院で保護した女性たちそれぞれの希望や資質に応じ、売春行為ではない何らかの仕事をしてもらうこと、場合によっては職業訓練を施したりして、賃金を得られる労働の斡旋指示、働きかけぐらいはあったかもしれません。
かつて当事者であったテオドラらの意見を反映させて、娼婦さんたち、及び女性全般の保護や援助の実施。
これ、最早「労働組合」でもよさそうです。
売春以外の仕事の斡旋とか「派遣会社」に近いことも、実質行われていたんじゃないのか。
……すべて私の推測通りなら、もう
「前世、テオドラで決定」
と、したいところですが、
やはり裏付けがとれず、残念ながら。。
良くも悪くも、だいぶ(「赤毛のアン」風に言えば)「想像の余地」があったおかげで出た「ユスティニアヌス1世皇妃テオドラの前世疑惑」です。
結局、妄想ストーリーかよ……。
まあ率直なところ、自分の前世が東ローマ帝国の皇后さまとか非常に恐れ多いのと、個人的に、ユスティニアヌスよりべリサリウスのほうがはるかに好きなタイプの男性なので、テオドラよりもアントニナが前世ちゃんだったほうが嬉しいな、という希望的観測もあったりします。(アントニナが女性の権利関連に関与していたかどうか、実際のところ不明です)
ということで、一旦テオドラとアントニナにブックマークをつけて、私の前世探しの旅はまた続くのでした。
しかし、いい加減そろそろ、捜索先が尽きてきています。
前世ちゃん。君、歴史上を探せば見つかるのなら、もう少し現実的なヒントを出してくれんかね。
いつもながら、そんなに正確に調べられているわけではございませんので、なにか思い違い等ございましたら、穏やかにご指摘いただけますと幸いです。
懲りもせず飽きもせずご読了くださいました皆様。
このたびも駄文にお付き合いいただき、心より感謝申し上げます。
前回+今回の参考文献;
売春の社会史 上 バーン&ボニー・ブーロー ちくま学芸文庫
ロイヤルカップルが変えた世界史 上 ジャン=フランソワ・ソルノン 原書房