MVP(Minimum Viable Product)からSLC(Simple, Lovable and Complete)へ
MVPの変遷
以前、米国のJason CohenというWPEngineの創業者(40億円超の資金調達をしている)がブログで「I hate MVPs. So do your customers. Make it SLC instead.」というエントリーを上げていました。「私はMVPは嫌いだ。あなたの顧客もそうだ。代わりにSLCだ。」と。
ここでいうMVPとは「Minimum Viable Product」の略であり、「ユーザー検証に必要な最低限の能力を兼ね備えたプロダクト」という意味になります。リーンスタートアップという顧客開発手法において注目を浴び、以後スタートアップのメソッドとして一般化してきました。
以下有名なスライドです。
MVPにおいては、車を形態(タイヤがあり、車輪があり、筐体があるもの)として捉えるのではなく乗り物、つまり早くA地点からB地点に移動したい、というユーザーに”移動”という便益を提供するプロダクトだと捉えるべし、ということです。提供価値に重きをおいてプロダクトを考えるべしと。
一方で、リーンスタートアップの隆盛に伴い、MVPはプロダクトマーケットフィットの文脈において(有名起業家の”まずリリースだ”系の言説の影響もあったでしょうが)一部で誤解を産んでいた部分もあったと思われます。上記ブログでは、MVPがスタートアップに必要な理由に理解を示しつつも、その未熟なプロダクトを提供されたいと顧客が望んでいるのかと疑問を呈しています。
つまり上記のスライド画像に照らし合わせると、3回乗ったら真っ二つに板が折れてしまうスケートボードや、乗っているうちにブレーキが効かなくなる自動車、のようなMVPは果たしてMVPと言えるのだろうか? とうことです。
もちろん、最初のプロダクトは特にシンプルであるべきだし、できるだけコストも時間も掛けずにユーザーを限定してニーズの検証ができるプロトタイプやモックのようなものは必要だと私も考えていますが、正式にリリースするうえでは、=「プロダクトは未熟な状態で出しても良い」と言うことではありません。シンプルさと未熟さを同義に捉えてはならないのです。シンプルさを残しつつも、顧客に継続的に便益が提供できる(感動し続けてもらえる)プロダクトを考えなければいけません。
SLCというコンセプト
面白いのが、実は上述のブログを書いた起業家は「リーンスタートアップ」の著者Eric Riesからも出資を受けています。つまりMVPやリーンスタートアップ手法を全否定したいわけではなく、背景となる思想を理解したうえで、当初の意図がねじ曲がり形骸化しつつあることに警鐘を鳴らしたかったのでしょう。
そして彼はMVPを上書きすべく、新しくSLCというコンセプトを提案しています。
SLCとはSimple, Lovable and Completeです(社内でSLCをSlickと呼んで「あなたのアイデアのSlickバージョンはどんなものなの?」というように使っているそうです)。
シンプルであることは不完全とは矛盾しないし、そもそもプロダクトはユーザーに愛されるべき。
たとえばTwitterやLINEの初期プロダクトとしてのシンプルさ、そしてユーザーにとって最も大切な価値・ニーズを完璧に満たしていたからこそ、ユーザーが熱狂し自然に広まっていったのではないか、ということです。MVPでも、外観(UI)は不完全だとしてもシンプルではあるべきで、顧客の体験価値(UX)においては未熟であるべきでなく、感動をもたらしつづけ、結果として愛されるプロダクトになっているべきだ、と。
現代に即して考えてみることの重要性
我々は、生きてきたなかで、多くの流行に接し、説明がつかないレベルで激烈にハマったものがあったはずです。なぜあのときあの商品・サービスに熱狂したのか? これをいま一度自分たちが取り組んでいるプロダクト/サービス開発に落とし込んで考えてみる必要があります。
2000年前後のインターネットビジネス黎明期、iPhone登場直後のスマートフォンアプリ黎明期において、通信環境やデバイスの影響もあるので、2019年現在の視点からすると、多くのプロダクトにおいてUIにおいてはクオリティは低く見えるでしょう。当時はまずプロダクトをリリースし、改善はそれからだ、スピードが大事なんだ、という運用・オペレーションによるPDCAの高速回転、改善重視の事業の進め方も成り立っていました。つまりセンターピンとしての顧客への提供価値がぶれなければ、それでもユーザーのニーズは満たされ、感動を生み出せた時代もあった、ということです。
一方、2020年代に差し掛かろうという現代、生まれたときからデジタル環境に置かれたユーザーが中心の世代になってきています。小学校就学前でもinstagram、Youtube、TikTokといったサービスに慣れ親しんだユーザーたちは、自分たちが使っているサービスの高いクオリティが”当たり前”となっています。提供価値の点、外観の点、UXの点、あらゆる角度からみて、サービス提供者側への要求水準が高くなるのは当然になります。
これからスタートアップに限らず新規サービス・新規事業を考える際には(特に若者がメインターゲットのビジネスにおいては)彼らユーザーの視点での、シンプルで愛される完璧なプロダクトは何か? を考えつづける必要が出てきています。ユーザーにとっての選択肢が多く存在するなかで、彼らに一目惚れしてもらい、かつ長く愛されるプロダクトを目指さねばなりません。
ユーザーへの価値提供をシンプルに絞り込みつつも、将来の発展系を(デザインや使い勝手やサポートにおいても”イケてる”スケートボードや自動車へのように)頭に描きつつ、プロダクトやサービスとのファーストコンタクトでユーザー・顧客がそっぽを向かないよう、今現在を生きる彼らにとって”完璧”なプロダクト開発ができなければ、愛され続けるのは不可能な時代に私たちはいるのは間違いありません。
ということで、とりわけコンシューマー向けの事業は難易度は高くなっているように感じますが、ここで立ち竦むこと無くチャレンジしたい起業家の皆さんとともに、私もベンチャーキャピタリストとしてもがき続けていきたいと思いますので、お気軽にお声がけください。熱くディスカッションしましょう。
※本noteは以前個人ブログに書いた内容を加筆訂正のうえ転載しています