禁酒って本当に必要か?
ふと思ったことですが、アルコール依存症に関することを書き続けているのですが、大多数の人が自分には関係の無いことだと思います。
お酒を飲んだら絶対にアルコール依存症になるんだったら、もう少し昔から危険視されていてもおかしくないですよね。
そこで、お酒を飲んでアルコール依存症になる人とならない人ってどう違うんだろう。と結構急所を考えてみました。
そもそも依存症って?
依存症は今結構な社会問題になってますよね。最近ではゲーム依存症とか。
自分も依存症だったので、依存をするということは身をもって体験しているのですが、結局は「それがあるから人生が楽しい」と思えるようになってしまうことだと思います。
逆に言ってしまえば「それがないと生きている意味がない」ということです。
よく酒のない人生なんて。。。って聞くセリフだと思いますが、依存症すべてにそれが当てはまると思います。
生活の一部。それが生きるというプロセスのなかで絶対必要となってしまう段階まで一足とびに考えてしまうことが依存症です。
人は無くても良いことは無関心で突き通せます。(非喫煙者や、ゲームをしない人、お酒が全く飲めない体質の人などなど)
でも、「あって当たり前」の場合、それを享受する権利を侵害されるとヒステリーレベルまで騒ぐことがあります。そりゃぁそうですよね。睡眠の権利を奪われたりしたら怒りますもん。
人間はバランスで生きている
究極の結論はこれだと思います。とっても当たり前なんですが、当たり前としてスルーしてしまうことが非常に多いです。
脳科学的にも、自分の生活習慣に足りないものが出来ると、無理矢理にもバランスを取ろうとします。
「自分は今の自分から変わるんだ!!」といって意気込んでもすぐに元通りになってしまうのも同じチカラが発生しています。これは心のブレーキとも言います。
バランスが崩れてしまったとき、そこにお酒があって擬似的にもそれでバランスが取れてしまう。ここが依存症のターニングポイントです。
断酒会仲間や入院仲間からよく聞く話だと、
「配偶者を失った悲しみを癒やすために飲みまくった」
「定年退職してヒマになったから飲んだ」
「対人関係をこじらせて毎晩飲むようになった」
「生活に不安があって、紛らわすために飲んだ」
というような理由があります。
飲んでる本人の話なので、後付の理由であることには変わりないのですが、詳しく分析してみると、「生きていく上でのバランスが崩れた状態」からお酒に頼ってしまう状態になったことが分かります。
ここまでハッキリとした理由がなくても、お酒で癒やされた経験が積み重なって、ちょっとでも嫌なことがあったときにお酒を飲むようになります。
お酒を飲まなくても充実した人生を送れているなら
依存症にはならない
至極当たり前のことを言うようですが、これに尽きます。
アルコール依存症で入院してきた人も、「飲まなくても楽しい」という感覚が芽生えない限り確実にスリップしてきます。
多くは退院しても、仕事が無かったり、配偶者は戻ってこない。など変わらない現実を突きつけられて、前は癒やしてくれたお酒に頼ってしまい逆戻り。人間そこまで強く出来ていません。
その場合はアルコール以外の代替手段を探すか、理由を帳消しに出来るほどの考え方のシフト、環境の変更など様々な提案がお医者さんからされます。(むしろ提案が無いならそのお医者さんは変えてもらったほうが良いです)
人間バランスが崩れることはよくあります。そのバランスを意識的にとれれば一番良いのですが、バランスがとれないままというのもよくあります。
アルコールで回復不可能のところまで行く前に、身近なら人でも、お医者さんでも、僕でもいいので相談してみましょう。
今の人生はお酒が無くても楽しいですか?