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娘の夫から来た思いやりメールのこと〜*落書きnote

 こんにちは。お立ち寄りいただきありがとうございます。
 この歳になれば、無価値に生きた人生を悔いる気持が重くのしかかる。生老病死、残された日々を思う、ネガティブな気持。
 この春、重い病気で入院した私の看病のために、海外に嫁いでいる娘が帰国している。コロナで二週間、自主隔離し、日本でワクチンを二回接種した。まずは一安心といったところだ。

 ところが、夫の父、私と同年配の義父が心不全で急死するという、思っても見なかった出来事に遭遇した。
 「何てこったい?」
 私は絶句し、義父に可愛がられた娘は号泣した。泣くだけ泣かせるしか乗りこえる方法はあるまい。
 遙かな異国。娘が帰国しようにもまた隔離期間がある。帰宅はその後だ。とても間に合わぬ。遠いというのは、時に、歯がゆい思いにかられる。
 弔意を娘にことづけた。折り返し、返事がきた。夫のメールを娘は、こう通訳してくれた。
 
 「お父さん、ありがとう。急なことで悲しむ間もありませんでした。そちらのご病気も大変でしょう。あまり考え込み過ぎずに。神が全部采配しているから。私たちにできるのは、やれる限りのことを、努力してやるだけ。私たちは現状を受け入れること。つらいけれど。どうかお父さんも、静かな気持でポジティブにいきましょう」
 
この短いメールで、私は、娘が向こうの家に大事にされていることを行間から感じ目頭が熱くなるのだった。
 てやんでぇ、まだ七十九だっつうの。あっ、十分歳を取っているか…。
 さて、あすは晴れるのか?曇るのか?

   *フォト ▽「だめでしょ、いたずらばかりしちゃ」

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  *俳句巡礼 遠足の横断の尾を女教師せく(石川 桂郎)

 季語は「遠足」で春。子供の頃を思い出す。懐かしい。句会の吟行も遠足といえないこともない。
 道路を横断する子らの列に、先生が「早く渡りなさい」とせかしている。実は子供の引率が一番大変なのだそうだ。コロナで遠足、修学旅行もままならないが。
 【石川桂郎=いしかわ・けいろう】東京生まれ、石田波郷の勧めで「鶴」に投句、横光利一に小説を学ぶ、戦後「俳句研究」「俳句」編集長、「鶴」「馬酔木」同人、「風土」主宰、1909年(明治42年)~1975年(昭和50年)
 【俳句手控え】自然を人間に見立て俳句を詠む方法を「擬人化」という。「うしろより来て秋風が乗れと云う」(高野ムツオ)の「秋風」がそれに当たる。
 初心者が擬人法に頼るのには賛否両論がある。作句を重ね、俳句の奥行きを知るなかで体得できるものであろう。

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