いとこ(続き)
日記より28-20「いとこ」(続き) H夕闇
今回も(問題の中日(なかび))朝食後に父親を送り出した後、先ず家内が当たり、宿題の後、段ボール箱で橇(そり)を工作。出来た物を携(たずさ)えて、裏の土手で験(ため)しつつ、変電所を目指した。そこから河川敷きへ下る坂を心当てにしたのだが、(残念ながら、)斜面は半(なか)ば雪が融け、橇遊びには不適切と判明した。
それで孫は妻と帰ってピアノ練習、僕は先のスーパー・マーケットBへ向かった。序(つい)でに、(雪の土手道を行く内に、孫のパンツのゴムが切れたらしく、)帰路に百均Dで探した。女性用下着の商品(しょうひん)棚(だな)を僕が物色しては、少々具合いが悪いので、女性の店員さんに身長と年齢を言って探してもらったが、無くて、結局バーバがゴム紐(ひも)を入れ直した。その間、バーバがドレミに起こしてくれた楽譜で、孫は「犬のおまわりさん」を練習。(これが大いに気に入ったらしいことが、後に分かる。)
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昼からは、ジージの当番。大小のバケツと浴室の片手(かたて)桶(おけ)を駆使して、ミニかまくらの作り方を教えた。その出来た三つを土手のベンチの上に並べて、夕方になったら、それぞれ雪室(ゆきむろ)の中に蠟燭(ろうそく)を立て、ホノボノと火を灯(とも)す。そうして昔の子供の遊びを懐かしみ、(むすこだけでなく、)休日出勤のサラリー・マンたちの労(ろう)を犒(ねぎらう)おう、それが家庭内の平穏に繋(つな)がり、軈(やが)ては世界平和にも、、、とはジージの遠大な企(たくら)みである。
所(ところ)が、気の変わり易(やす)い孫は、早くも!土手下の(家の裏の)雪山に目が移る。ミニかまくらが未だ半(なか)ばなのに「ジージ、後やっといて。」と捨てぜりふして、雪の小山へ向かった。
先週半ば、今季で最強と目される寒気団が南下して来たが、この地の積雪量は大した事が無く、連日に数センチずつ。自宅と隣家の二軒分の道路を雪掻(ゆきか)きして、積み上げた山であるが、充分な量には至らず、子供が入って遊べる大きさには出来そうにない。大かまくら作りには、脱衣所の窓に届く程の高さが必要なことを、経験上ジージは知っている。
そう孫に注進し、ミニかまくらに専念するよう勧めたのだが、お孫さんは飽(あ)きっぽく、聞く耳を持たない。大きなスコップを庭から引(ひ)く擦(ず)って来て、雪の小山に穴を掘り始めた。余り穴が大き過ぎると天井(てんじょう)が落ちる、生き埋めになる、との忠告は、辛くも聞き届けを頂(いただ)けた様子で、一安心。
ミニかまくらの方は、ジージ一人で、漸(ようや)く三体共ベンチ上に安置。完成した。大きい方へ合流して二人が共同作業する頃、道の奥の方から来た車は知り合いのⅯさんだった。
「おじいちゃんとイッパイ遊んでもらって、良かったね。」など愛想(あいそう)を言うと、答えて曰(い)わく、「でも、バーバの方が、イッパイ遊んでくれるよ。ピアノ、たくさん教えてくれる。」と。
ジージの面目(めんもく)など意にも解さぬ。訳知りの二老人は、顔を見合わせて、仕方が無く、呵々(かか)と大笑。情(なさけ)も容赦(ようしゃ)も無いのは、子供の無邪気(むじゃき)と正直(しょうじ)きの証(あか)しである。Ⅿさんにも孫が一人、間も無く二人目が産まれると言う。
それで思い出したか、又「ジージ、かまくら作っといて。」と言い捨てて、移り気な孫はスコップを放り出し、家の中へ駆け込んで行った。きっと休憩中のバーバを叩(たた)き起こして、ピアノの相手をさせるのだろう、「犬のおばあさん(又はおじいさんかな?)困ってしまって、ワンワンワワーン、ワンワンワワーン。」と。(正しくは「犬のおまわりさん」。佐藤義美;作詞、大中恩;作曲)
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おてんば娘が寝転んで縮(ちぢ)こまって漸(ようや)く入れる程の雪室が出来上がった誰(た)そ彼(がれ)時、(孫の父親より先に、)中に蠟燭(ろうそく)を灯(とも)して全体ボーッとオレンジ色に明るんだミニかまくらを雪の川辺に見付けて「ああ、きれい!」と歓声を上げたのは、父親の姉(僕の娘)だった。自分の子にイルミネーションを見せに連れて行くが、途中ここへ立ち寄って、おてんばな姪(めい)も連れて行こうか、と誘いの電話が入っていたのである。
本人は無論「行く行く!」と大はしゃぎ。帰りの遅くなる父親も、電話でOK。ジージ&バーバも(一時預かりは大助かりで、)一も二も無く賛成である。
だが、娘一行が我が家へ立ち寄った際、小さなトラブルが一つ。チョッとだけ孫の顔を見せよう、と実家の玄関へ顔を出した所(ところ)、幼い孫は又この家の皆と存分に遊べるものと誤解し、玄関から階段を上ろうとしたのである。いとこが(いつもの元気な声で)「駄目だめ!」と止めたものだから、小さい方は厳しく叱(しか)られたものと思ってビックリ。大きな丸い目に涙が俄然(がぜん)ふんだんに溢(あふ)れ出した。身も世も無いような悲しみを湛(たた)えた泣き顔は、見るだに辛い。それも、ジージと遊ぶのを止められての大泣き。こちらまで泣けて来る。剰(あまつさ)え、出発前に仲違(なかたが)いしたのでは、引率者が大変だろうと案じられた。
けれど、その晩PC(パソ・コン)に送信されて来た写真や動画を見ると、おてんば娘は「おねえちゃん」然とした世話焼きに復帰。危ない方へ行かないよう、いとこを導(みちび)き乍(なが)ら一緒(いっしょ)に駆けたり、ピカピカ光る一角獣(ユニコーン像)に二人で跨(またが)った時も、妹みたいな幼子(おさなご)が落下しないよう席を詰(つ)めたり、、、昼間の同人の所業(しょぎょう)を思い返し、僕はニンマリほくそ笑(え)んでしまう。
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この義(ぎ)姉妹(きょうだい)は、揃(そろ)いも揃って歌が好き。姉はトイレでも時々歌う。妹も(言葉より先に)歌を覚えた。
確か満一歳になった頃、ここへ来合わせた姉が「キラキラ星」おさらい中だった。(部(ぶ)鹿(しか)悦子;訳詞、モーツアルト;作曲)妹が偶々(たまたま)保育園で習っていた曲で、「きやきや、いかるう、おそらの、おしよお、」とピアノ練習を伴奏として歌い始めた。今も時々思い出しては歌うのは、多分おねえちゃんのピアノ伴奏で歌ったのが頗(すこぶ)る楽しかったからだろう。この歌を切(き)っ掛(か)けに、孫は光る物を見て「キラキラ」と言うようになった。未だ「パパ」も「ママ」も言えない頃である。
きのうは、成人の日。親譲りの振(ふ)り袖(そで)姿の七五三から、いとこたちが乙名(おとな)になる頃にも、仲の良い姉と妹の絆(きずな)が続いていれば良いのだが。
孫子が仲良く集(つど)って
正月や いとこなれども姉妹(しまい)然(ぜん) 夕闇
小正月どんと祭にて
年々と土器(かわらけ)一杯うけて又 夕闇
(日記より)