Sweet like Springwater ② 天然水のような甘さ (短編小説)
2.
夜明けのさくさくする空気が肌に触れて、冷え感が頬の染まる瞬間は、寒い季節の間は鬱陶しい気持ちになるが、春になってくると寒さもやさしく感じでくる。最寄り駅まではたった十分、そこから三駅で仕事先に着く、改札口を出れば店はすぐ側にたってる。
今日は沙也加ちゃんは入っていなかった。もし、沙也加と話せる時間があったら、あのレターに付いて相談に乗ってくれるかも?と春香は思った。沙也加は、どっちのお客さんが著者だと推測できるかもしれない。でも、きょうは沙也加がいなくてオーナーの神本さんが入ってくる。
神本さんは気さくな人で、いつも面白い話をしてる。オーナーといっても、一緒の日は焦らず仕事が回る。それなり、今日のシフトも楽しみだった。神本さんはコーヒーに関してなにもかも知ってて、たまにコーヒーの講座が開くときもよくあった。
「コーヒーの秘密は、豆じゃなくて水なんだよ。いくら高質の豆を淹れても、淹れ水がきれいな水じゃないと、そこまで美味しくない。ちょっと無駄にしたんじゃないと思うよね。美味しい豆の種類はいっぱいあるけどね。でも、ナンバーワンはエチオピア産のものかな?ちなみに、コーヒーってエチオピアから起源したって知ってる?むかしむかしの大昔、エチオピアに暮らしていた民族がコーヒーを飲んだらエネルギーが出ると分かったら最後、その文明の祭祀で飲むようにしはじめた。夜遅くまで歌ったり踊ったり倒れるまで、神様へ崇拝を払うお祝いしつつげた、と言われてる。現代でも、コーヒーって小さな魔法を払う品物じゃないかな?詩人がポエムを創作するとき、受験準備の学生が勉強中に、貴重な時期にもコーヒーを飲むよね。あ、水のこと…だから、うちの店ではコーヒー用の水はフィルターに二回通すんだ。時間かかるけど、こうすれば家の自慢の豆がより美味しくなるから。そうしてもね、北海道の水に及ばないなぁ。え?北海道にいったことない?行った方がいいよ。北海道には世界一薄い水があるから。地下の深い深い帯水層から水を吸ってるからね、最も澄んだ味がするの。水には味があるって、気付いたことある?パイプのせいだと言われるが、違うんだよ。天然水には味があるの。というか、水の中のミネラルがね。よーく味込んでのんでみたら、ちょっと金属的だなとか、時には微かな甘さが味わえるよ。こんなに水の味にこだわる人は俺だけぐらいかな。ああ、そして、コーヒーには無味無臭の水が一番似合う。知ってる…」神本さんって、何時間も疲れず喋られる人なんだ。そういう話しを聞くのに飽きない人は春香ぐらいだった。
その日も、神本さんはいつも通り上機嫌だった。春香がパン屋の配達で受け取った資料をファイルに入れてるとき、神本さんがにこやかな顔で店に出演した。「春香ちゃん、久しぶりだね。仕事はどうしてる?特に変わってない?悪い目にも遭ってない?そうか、それはよかった。昨日、コーヒー豆は届いた?一袋を開けて匂いをかんでみよう。ああ...それはいい。コーヒーはね、香りと味が違うって、気付いたことある?豆の香りは鼻の下の神経に当たるけど、飲むとき、喉を通ってくると鼻の上の中の方の神経に当たるの。だから、コーヒーっていうのは味見と香り二つの楽しみ方があるんだ。こういうことを知ると、面白いよね。コーヒーはエチオピアで起源したって知ってた?」
雑談の時間はすぐ途切れた。背の高い女性とシルバー髪の女性とネズミ色の魔法使いがすぐにドアから入ったら並んで、春香とオーナーは仕事に熱中になった。ガチガチの男性は今日はどこにいるのだろう?春香は彼が姿を見せてないことにいささか気になった。忙しくしているのだろうか、病気でなければいいのだけど、春香は思った。
手紙はどうすればいいのか、まだ悩んでいた。オーナーさんとはさすがにこの件については話せない。自分がなにも悪いことしてないけど、オーナーにこの事情を表したら、お客さんに媚びているような行為してる印象を与えてしまうかもしれない。それに、手紙には、無視してもいいです、なんやら書いてあった。「この手紙のことを忘れて下さい」まで書いていた。うん、じゃあ全部忘れよう。
オーナーさんの奥さんは、この店の副店長で、控えて厳しいマネージャーだった。でも、ほぼ裏の仕事に励んでいて、表計算ソフトを使ったり、スケジュールを作ったり、電話応対をするのが妻の大一の仕事だった。夫婦一体でこのお店を立ち上げて、二人とも精一杯だと春香は思った。忙しくても、幸せな結婚生活をあゆんでるに違いないと春香は想像してた。受注や売上、スタッフへの給料の支払いとかいろいろビジネスにめぐる会話など、退屈なこともあるのだろうが、それこそ、共通のゴールに向かってお互いが協力し合って、これが幸福な夫婦だとしか思えられない。二人はサルサクラスで初めて会って、ハニームーンは南米に行って、片言のスペイン語も話せるらしい。「Te quiero 」ってお互いに言っているのだろうか。春香は、ボーっとしてる時間にこんなことを考えるくせがあった。
三時になったら、春香は仕事上がりだった。お家に戻って、おろそかにしてた家事をしなきゃと思ってたら、天気のよさに魅せられて、まっすぐ駅へいかなくて、足が向いたまま寄り道の公園の方へ寄った。二年間を経て、この公園を巡ったのは今日がはじめてだった。中都心でもこんなに広い公園があるんだと、少しびっくりして、大きく穏やかな気持ちに流された。こんな静かで綺麗な場所が職場のすぐ横にあるのに、なんで今まで無視していたのだろう?と春香は瞑った。門の入口のすぐそこに、熱いピンク色の桃の木がだらんとして立っていた。つぼみが開花の準備をしていて、「頑張れ!」と言いたくなる、美しい花びらになりがる姿だった。春香は、スマホを出して写真を一枚。この、普通の日をなぜか記憶に残したかった。
ベンチに座ろうと思って、空いてる席を探した。砂混じりの地面を踏んで歩きながら、公園中にスズメの歌声と子供の無邪気な笑い声、こころを滑らかにする音ばかりが耳に入った。そこで、春香はベンチがあったと思ったら、胸がドキッとした。目の前のベンチで、ネズミ色の魔法使いがゆっくりしていた。なぜか分からないが、常連を店の外で会うと気に障る。こんな偏見を春香はいつから抱えていたのか。お店で会うのはいつも嬉しいのに、その場所から一歩も離れたら見たくもないという気持ち。息を止めて、春香は公園の景色を背に向けて、駅の方へ早足で進んだ。
なんでそんなに怖がったんだろう?と春香は車内で反省した。もし、ネズミ色の魔法使いに見られたら、丁寧に「こんにちは」と声掛けて、本名を知ることをできたかも。でも、予定外に知り合いの人と擦れ合った場合は、無視するのが礼儀正しいというか、基礎的というか、普通みんながやってる行動だ。それは誰が決めたんだろう?現代社会って冷たいな、と春香は思った。もっと気軽に他人に声をかけて、それが自然にできたら、もっと幸福感も世の中に広がるはずなのに、と思った。
もしかしたら、ネズミ色の魔法使いがレターを書いたのかもしれない。そうだったらどうする?これは笑えることだ。そんな訳ない。そんなおじいさんがラブレターを書くなんて、可愛いすぎる。でも、ありえない。だって、レターなり「三週間前に、私は初めてこの店に参りました」と書いてたから、午前中の常連客ではないはずだ。でも、魔法使いとデートって、どんなデートだろうと想像しようとしたら、春香はくすくす笑いせずにはいけなかった。
手紙の一番下には、電話番号の列に「寺山拓麿」と書かれていた。彼女はその名前をネットで検索しようと思ったが、やめた。それは、ストーカー流の行動だと思ってキーボードから手をひき下げた。それに、彼女はその手紙に返事をすることを真剣に考えてなかったし。でも、別に手紙を送ることが失礼にあたるというわけでもない。彼女に執着してる危険な男ではなく、ちょっとエキセントリックな人だったのかもしれない。たぶん、そうだ。しかし、考えるに値しないことだ。恋愛ってなんたら、春香にしてはまだ早い。今ごろは、カフェで忙しい毎日を送るだけで充実しているし。カフェ店員の存在で、まだまだやり続けられる。仕事で最善尽くして生きていけば、幸せがより膨らんでくると思った。そして、アパートに着いたが早いが、ベッドにばたっとして、一日の疲れが溶けていくまでそのままでいると決めた。
つづく。
つづいて読んでくれて誠にありがとうございます。イメージはgau.batanqmaの作品を借りました。このアーティストの作品もっと見たかったら、是非インスタグラムのページを見てください。
https://instagram.com/gau.batanqma?igshid=YmMyMTA2M2Y=