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Sweet like Springwater ⑪ [FINAL] 天然氷のような甘さ (短編小説)

12.

アナスタシアの冷たい表情は溶けない。仕事はめきめき上達したが、笑顔で接客することだけは身に付けられなかった。故郷を恋しいのか、何か隠しているのか、あるいはただ文化の違いなのか、理由は不明だが、ほぼ笑わない子だった。一度だけ本当に素敵な笑顔を春香だけのために見せた。こんな、美貌な笑顔を世界にみせないのは勿体ないと春香は思った。でも、笑顔するかしまいかは個人の自由で、春香はこの点はほっといた。

アナスタシアの話しぶりでは、一年間ロシアで日本語を勉強して、今はバイトしていない時は言語学校で授業を受けていると。姉の方は日本語ペラペラで、二人で話すときは日本語が染みているロシア語だと言う。漢字はまだよめないけど、もう少しがんばったらよめる。アナスタシアがそう言った。こんな真面目な人に会うのは初めてだ、と春香は思った。キスしたことは忘れたみたいで、春香はその件について何も言わなかった。

神本さんは店内によく寄ってきた。案の定、アナスタシアのことを気に入った。春香に対しては、オーナーは少し距離を置くようにしていた。この方が良いかもしれないよ春香は思って、アナスタシアのトレーニングも含めて、仕事に最善尽くして。

神本妻もたまに顔をみせるが、長く滞在しない。春香に、スムーズに進んでいるかと聞く。春香は、順調です、と手短に答える。妻と話すのは気まずいと感じなくなってきた。



仕事いっぱいの一週間を終えて、金曜の夜には実家に戻った。母が作ったグラタンを頂いた。春香は料理書を手元で、料理の腕は上がってきたが、やっぱり母の料理が一番だった。二回もおかわりして、お腹ぽんぽん。恵美はいつも通り大きい声で喋っていた。この週の小さな出来事を生き生きと話していたが、珍しく、恵美の話しは食べ終わる前におしまいになった。実家はしーんとなって、誰も沈黙を破ろうと思わない。春香がそこで母に質問した。

ママ、うちのお父さんは今どこにいる?

恵美の箸が空中に止まる。タブーのタブーだった言葉「お父さん」春香が言ってしまった。しばらくして、母は深い溜息をつきながら誠実に答えた。

「あなたのお父さん、まだ生きているよ。そして、恵美の授業料を払っている」

母はストレートに言った。

私の記憶では、六歳ぐらいまでいたけど、その後なんでいちゃったの?春香は今度こういう質問を出した。

「全部ぜんぶ、私のせいなの」母は言った。

「私が意気地のない人と結婚したから。あなたのお父さんはそのごろ会社に首されて、他方に行って仕事を見つけることにした。そして、仕事していると他の女性と仲良くなって、もう帰らないと言った。いつか、あなたたちからこういう質問を聞くと思って、電話番号はまだ記録していたよ。会いたいと考えているの?」

ううん。春香はすぐそう答えた。

血が繋がっているだけで、その他になにも関係がない人と会いたいとは思わなかった。いずれにしても、今まで苦しいと思わなかった。後悔はなかった。憎みもなかった。では、なぜこの質問をしたのか。

なぜだろう。母がなにか抱えていたと感じてたから?いつもいつも母が重いものを背負っている感じが子供の時からそう感じていた。母を少しでも楽にさせるため、この話しをすることが大事だった。そういう理論もある。正直を言えば、本人もなぜこの質問をしたかは分からなかった。

しばらく、みんなは静かに食べ続けた。そして、恵美が声を上げた。

ー残り物は明日の弁当にしていい?

母は「いいよ」と答えた


その夜、春香はアパートに戻ってから携帯を見た。そう言えば、寺山拓摩に返事をしていなかった。少し考えてみて、メッセージを書き出した。


お返事が遅くなって、ごめんなさい。私ももう一度会いたいです。


それだけ送って、今度は寝る準備。明日もオープン、早く寝ないと仕事がよくできない。


13.

背の低いガチガチの男性が帰ってきた。朝のピークだった。シルバー髪の女性の次、ガチガチの男性が、変わらず緊張している様子でレジの前に進んだ。ミディアムサイズのブラックコーヒーを下さい。春香は泣きそうな笑顔で注文を受けた。このいなかった間、いったいどこへいったのかは知らないけど、帰って来てくれて嬉しかった。


アナスタシアも精一杯。彼女は覚えが早く、素晴らしい店員だった。沙也加と一緒のときと同じぐらいのレベルで、お互いにリストを確認し合いながら仕事できるようになった。もちろん、この新しい顔ぶれは、店の性格を微妙に変えた。アナスタシアは新しい空気、さわやかな潮風を運んできた。

寺山拓摩からメッセージが入った。次のデートの 経緯を送った。春香は素直に返事する。


ありがとうございます。楽しみにしています。


デート行先のレストラン名を検索したら、すっごく一流なレストランだと知った。このような豪華な店となると、ドレスが必要だ。貯金は大したものではなかったけど、セールで販売された見かけがいいドレスを買えた。


デートの夜が回ってきて、生で店内を見たら本格的に華麗なレストランだった。エレベーターで十階まで登り、店の入口でメートル・ド・ホテルに名前を確認される、そういうおしゃれで高級なレストランだった。中は意外と小さい店だった。たった五卓のテーブル、おのおの二隻ずつ。更に、これはデートとして来る人の為のレストランだということか。

寺山拓摩は真ん中のテーブルに座っていた。春香はウェイターに案内されて席を取る。左右をみたら、隣もデート中の男女組合だった。男性はみんな高そうなスーツを着手して、女性はみんな高そうなドレスだった。こんな環境の中にカフェバイトする貧しい少女が侵入したと、誰も気付いていないけど、春香は息苦しくてへきえきした。

挨拶を交わさず、寺山拓摩はメニューの話しで始める。コースがお勧めらしい。

春香はメニューを見ると、フランス語が多くてなにもかも分からない。最後はウエイターのお勧め通りに注文した。フルコースの食事を取るのは初めてだった。皿が次々と運ばれる。どれもこれも綺麗に飾られて食べるのが勿体ない感じだった。これがフードアートではないのかと思い、フォークとナイフの使い方に自信がなかったけど、周りを見ながら真似して、オードブルを完食した。

その一口一口が繊細な味に包まれていた。テーブルセッティングやウェイターの動きなど、周囲のすべてに驚きながら、静かに食べていた。それでも、緊張のせいか、これが楽しいと思いかねない。母の手料理が恋しいなと思った。早く帰りたいという気持ちも心に刺さっていた。

でも、春香は帰らなかった。それは、礼儀正しいというよりも、寺山拓摩の悲しそうな目を見て、彼を見捨てることを出来ないと思ったからだ。温和な人物で、春香に優しくしたいという気持ちがひしひし伝わってきた。笑うときは甘そうな笑顔で、声が小さいけどエモーションが豊富な音色。悩みを抱えているのか、過去からの傷がまだ癒していないのか。そう思わせるような声だった。

春香は無口で、相手に話させようとした。このレストランは男性を優位する世界だったから。春香は女性として、聴くのが役割だと自分をそう責めた。そうしていると、寺山拓摩はついに話し始めた。


もっと早くメッセージすればよかった。いや、私は最悪な人だ。いろいろ嘘吐いたんだ。それは、恥ずかしくて、そして吉本さんが本当に気に入ったから嘘を吐いたのだ。そういう言い訳してはいけないと自ら気付いた。だから、今ここで全部を誠実に話したい。

初めてあなたのカフェに入った時、私は本当は無職だったのだ。前の会社が潰れて、失業したのだ。それも大変な出来事だった。うちの会社は最悪なスキャンダルに巻き込まれたのだ。実は、会社が暴力団と巡り合っていたのだ。詳細は知らないけど、悪い奴のために資金洗浄みたいなことをしていたのだ。噂は昔から聞いていたが、それは大げさなことだとしか思えなかった。誰か冗談で話しているのではないか、それしか考えられなかった。

そして、ある日、警察がうちの事務所に現れた。社長は何時間も話しを聞かれた。うちは大きな会社でもなかったので、周りの同僚たちみんな白い顔になった。なぜ、うちの社長が警察官と…

その次の週、もう全てが終わってしまった。社長は逮捕までされなかったが、面目は失くして、会社を清算することを余儀なくされた。もちろん、それは私も首になるという意味だ。

私は単純な男で、仕事を失くすというのは、全てを失くすと同じなのだ。仕事以外になにも趣味も友達もいなくて、職場がないことは浪人のレベルに下りた。軽いうつ病だったかもしれないが、自分の親も含めて誰にも話せないところだった。まるで、この世の中の迷子の子供みたいに、恐怖と不安の塊だった。

よく考えてみたら、会社は悪いことして、清算するのは正しいことだとは確かだ。自分も会社の一部だったから、罪を貫く必要もあった。それにしても、痛かった。その傷を癒すためには、全部忘れて新しい職場に就くだけだ。

吉本さんは共感できるかなっと、ちょっと思ってこれを教えたかった。カフェで働くのも大変そうだし、吉本さんは誰よりも仕事をよくできているのは一目でわかる。仕事がなくなる不幸は吉本さんだったら分かると思う。

そして、久しぶりの就職活動に努めたが、仕事はそう簡単に得ることはない。アパートに引っ込んでパソコンに向いて、何か所の応募に申請している間、気が狂うと思った。新しい空気を求めて、吉本さんが働くカフェに足を運んだ。

カフェだったらやる気がでると思って来たんだけど、まずWifiに繋げ方が分からなかった。そして、その繋げ方をスタッフに聞こうと思った。それは、何週間も誰にも話していなくて、会話のやり方もすっかり忘れた状態で話し掛けた。

その時、救ってくれたのは貴方です。ハルカ、そう名札に書いてあった。その名前は一生忘れられないと思った。美味しいコーヒーと貴方の笑顔で、元気が戻ってきて、そのあと全力で就職に頑張った。

そして、手紙のこと。出会いのきっかけになったあの手紙は、正直自分でもなぜ書いたか理解できない。そんな変態な行動をとったのは初めてだ。女性と話す経験はあまりなくて、告白するのは初めて。でも、ハルカに夢中になってしまい、忘れることが出来なくて、何かしなければいかないと考えたのだ。

手紙を書いてカウンターに乗せた。返事が来るとは期待していなかった。連絡が入ったら、まずショックだった。なぜ、貴方みたいな素敵な人が私みたいな男にメールを送るのか。分かんないけど、もしかして、この人も私みたいに迷子の子供なのか、と考えた。その理論が正しいとすれば、この人と話すべきだと思った。

いろいろ想像が浮かび上がって会いたいと思った。緊張したけど、あなたと会いたい気持ちが猛烈で、そしてデートに誘った。デートのその日もめちゃくちゃ緊張だったけど、ハルカさんが優しく話しかけてくれて、もう一度救ってくれた。素敵な一日だった。会ったのは一回だけだけど、特別な人と出会えたと心の底から感じた。

正直、部屋に誘うというのはびっくりでした。でも、私も哺乳類だし、性欲はあります。断る力はなかった。その後に罪悪感を買った。あなたに嘘吐いたことを思い出して、ハルカさんを騙したのではないかと思い込んだ。だから、やり直したいんだ。もう一度、顔を見せる前に、俺の情けない生活を修正したかったんだ。

この三週間、本当にハルカさんと会いたかった。メッセージを送りたかった。電話したら貴方の声を聞けるのに、と思って悔しい気持ちだった。でも、その前に自分の生活を立て直さないといけない。ハルカみたいな素敵な人は、立派な男に値する。

それで、今日。報告することがあるんです。実は、私はいい会社に採用されました。まともな会社です。ここで勤めると、目途は明るいと思います。

そういう訳で、ハルカと相談したいことがもう一つあります。まだ、二回目ですが、私は本気の気持ちです。すぐではなくてもいいですけど、これから、結婚を前提して私と付き合いませんか。

いや、分かります。ハルカさんには多分、他に男がいると。それでもいいです。自由に生きて下さい。ただし、私を結婚の相手として欲しいです。これから、毎日頑張って、ハルカの願い事を全て叶えてあげたいです。

寺山拓摩は溜め息をついて、春香の返事を待っていた。春香は、白ワインをひと口飲んで、しばらく無言のままでいた。プロポーズされて、少し悩ましい気持ちだった。でも、パニックにならずに冷静に答えた。

時間を少しくれますか?

寺山拓摩はがっかりしたような顔を見せた。もちろん、受け取ってほしかった。断られることも心の中で準備していた。待たせるのが一番望ましくなかった。

そうですか。もちろん、時間はいくらでもあげます。すみません、こんな深刻な話を突然して。もし、ここで夜を終わりにしてもいいです。

まだ、デザートが出てなかった。

いいえ。春香は答える。まだ、寺山さんと話したいです。

そして、春香は少し笑った。

ちょっと、考えた。結婚する前に、私のこともった知った方がいいじゃないの、と言いたかった。でも、大してなにもないかも。一回目のデートで私の本当の姿をみせました。寺山さんは、その日私の心が全体的に見えた。じゃないですか?

春香は考えた。ただ「イエス」と答えれば良かったのに。でも、それは無理だ。たったつい最近に自由というものを手に入れたばっかりなのに、今さらに結婚するなんかできない。

それでも、相手の気持ちを考えると可哀そう。人に幸せを与えたいといつも自分はそう思っていたのに。目の前にいるこの人の望んでいることは、一言で叶えるというのに。だけど、それだけはできない。

春香の唇から質問が飛んだ。

なにか、今まで私に教えてないことありますか?

寺山拓摩はじっくり考えた。

そうですね。まぁ、高校時代には画家になりたかった、という話しはどうですかね。ゴッホやレンブラントとかが大好きで、彼らの風に美しい絵を創造するのが夢だった。パリに行って、美術を勉強したいと思っていた。うちのお父さんがそれを否定した。自己主張するのが苦手で、俺はお父さんに言われた通りにやった。普通の会社員になれと告げられて、そうした。未だに、何年ぶりに筆は取ってないけど、また絵を創造したい気持ちは薄くても心に残っている。ハルカさんはどうですか?小さい頃は、夢ありましたか?


14.

翌日、春香は怠けて八時過ぎまで寝ていた。その日は休日で自由にできる。朝食中に昼食をなににするかに夢中。天気は曇りで雨が降りそう。コーヒーが飲みたくなった。アパートから反対側にあるコンビニへ行ってみたら、コーヒーの種類が多すぎて選べなかった。最後は、ローストブレンドをレジで注文した。

コンビニはいつも通り、眩し過ぎて煩いBGMが流れていた。眩しい白い灯りと音楽が相まって、まだ眠い春香には圧倒的だった。

コーヒーをお待ちのお客様…

春香は紙コップを手に入れて、蓋をしっかり付けた。外を見ると、にわか雨が降っていた。出掛ける前、傘を持っていこうか悩んだけど、最後は持たなくてもいいやと思って、未だに後悔した。

雨が止むのを待つべきか、いや、家でやりたいことがあるから、春香は雨を無視して走ってアパートへ戻ろうと決める。腕をぶらぶら揺らす女子流な走り方で道路を渡った。コーヒーに雨水が混ざった。

部屋に戻ったらびっしょり。気にせず、春香はエアコンを効かせて携帯を手にする。

恵美、起きてる?

起きてるよ。

何か考え中なの

いいよ、言って。

今の仕事を辞めようか、悩んでる。

どこに移動するつもり?

似たような場所だと思うけど。ただ、環境を変えたい気分。

いいんじゃない。だって、ずっとそこで働いてたんでしょう?

うん。でも、まだ何も決めてない。

外、雨はより激しく降ってきた。窓に当たって、大きな音を立てる。ドラムが叩かれている風に。梅雨がもうそこまでやってきた様子だ。

この時期になると、シギチドリが渡ってくる。小学校の先生からそう教わった。学んだ時はすごく前のことだったけど、なぜかこの雑学は脳裏に残っていた。毎年、梅雨の始まりにシギチドリのことを考える。

時計を確認した。まだ、ランチするには早い。でも、何を食べるか今決めたら、準備は順調になる。買い物して材料を買おう。ちょっと遠いスーパーにいけば外国産の材料を販売している。舞茸とバルサミコのブルスケッタか、タコとトマトのマリネか。コーヒーと雨水を飲みながら、何を作ろうかと悩んだ。スーパーまでは歩いて十五分ほどだった。傘を持っていけばいい。長靴もレインコートもどこかにある。支度している間に、雨が止んだらもっといいけど。春香は半ば期待しながら、窓際に座って雲空を見つめた。


全部読んでくれて、誠にありがとうございます。本当に幸せです。今回もnoni_illustratorさんの作品をカバーとして借りました。本当にこのアーティストの作品が気に入りました。是非、ページをご覧になって下さい。

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