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飲み会で若手社員がつまらなそうにしているとき、きっとこういうこと考えてる

「遅いぞーもう行くぞー」

「はーい。もうシャットダウンしたのですぐ行きます。先に行っててください! 追いつきます!」

シャットダウンまでは10秒くらい時間がかかる。PCの画面が暗くなり、熱がすーっと冷めていく。

​頭をあげる。白い天井に煌煌と光をはなつ蛍光灯。

天井を見上げたところで今日の飲み会も、疲労も、ストレスもなくなるわけじゃないけれど、どうしてだか頑張れる気がする。

エレベーターホールにジャケットとバッグを抱えて走る。先輩たちが私を待っているわけもなく、1人で居酒屋へ向かった。
 
帰りたい。

会社の飲み会は、いつもどんな時も居心地が悪い。課長や先輩たちが談笑している姿がスローモーションのように見える。そこには笑顔があるけど、笑い声は聞こえない。みんなは楽しそうだ。

でも、私にはこの場がひどくつまらないように見えてしまう。先輩たちのグラスが空く前に次のオーダーを聞き、グラスにビールを注ぐ。礼儀や慣習なのだろうが、そこになんの楽しみがあるのだろうか。

無音の風景をぼーっと見つめていると、果てしない虚無感に苛まれる。

「もっと楽しめや」

先輩にそう言われて、はっとする。

「ですよねー。なんか疲れちゃって、すみません」

笑えよ、私。先輩たちに失礼じゃん。

口角にくっと力を入れてみるものの、次の瞬間口からでるのは、深い息。笑顔や黄色い声はどうしても出てくれない。バカにしている気持ちなんてさらさらない。

しかし、この場で飛び交う言葉は、どうしてもするするとすり抜けてしまうような、掴めないものだった。掴めるものなら掴みたい。でも、できないんだ。

こういう場において、つまらなさそうな人間は、空気を淀ませる。せっかくみんなが仕事を忘れて楽しんでいる(ことを装っている)のに、テンションの低い人間が居ると、高揚感が下がってしまう。楽しそうにしないと、みんなに迷惑なのだ。

次々と運ばれてくるつまみはどれも味がなかった。サーモンのマリネは適度に脂がのって、キラキラとかがやいて、パプリカの赤と黄色、サーモンのピンク、オニオンの白…まるで宝石のようだったけど、私にはその美しさが逆に味気なく感じた。

でも、笑えない私よりも、このマリネの方が場としての役割を明らかに担っていた。結局それは箸をつけられることなく、カピカピに乾燥して下げられていった。

コミュ障ってやつだろう、多分。知らない人はおろか、知っている人ですら話を合わせることができない。どんな相手であれ、しっかり会話を交わすのが、大人になることなのだろう。私はそれができない。

ここで、悪酔いでもして「つまんねーんだよ!!!」と、ぶちまけられたらどれだけ気持ちがいいのだろう。無論、そんなことはしない。大人になりたい私は、必死に作り笑いをして酒をつぐ。簡単な仕事だ。

帰りの電車、私はひどく疲れていた。そして虚しかった。味気ないつまみに、アルコール、つまらない談笑…すべてが無意味に感じられた。

あそこにいた人たちは、すごく楽しそうだった。笑いが絶えなかった。でも、私は何を話していたのか、どうしても思い出せなかった。だって、そこに意味などなかったから。

iPhoneにイヤホンを挿し、音楽を聴く。

音の美しさと、悲しい叫びのような歌声が、ずっしりと響き渡る。まるで、乾いた大地に水が沸き出したかのようだ。

音楽を聴くと、スローモーションが普通の時間の流れに戻った。最寄駅へ着く前に、私の涙腺は崩壊していたけど、それに気をとめる人なんて誰もいなかった。ありがたかった。

家に着いたのは、24時を少し回ったぐらい。いつもに比べると帰宅時間は早いが、なにしろ今日は疲れた。

家に帰宅するなり、電気もつけずに「ただいま」とTweetする。

誰にも気付かれずに、流されていく。でも、誰かが見届けてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながらも、返事など来なくてもそれはそれでしかたがないことだと無意味に腹をくくる。

ソファーにうなだれて、iPhoneを見る。

「おかえりなさい」

リプライが来ていた。淋しい光景だと思う。しかし、私はこういったことでしか自分の存在を確認できなかった。

このまま眠りにつけたらどんなに楽だろうか。そんなことしたら、明日の朝後悔することが容易く想像できる。肌は汚いだろうし、髪の毛は絡まってるだろうし、スカートはしわしわになっている。

もはやリアルな世界での彩りすら感じなくなっているような気がしていた。予測可能な未来。簡単な未来。そんな未来を生きたいわけじゃない。そう思ってしまうこと自体、未熟で傲慢だってこともわかってる。でも、あまりに悲しいじゃないか。

20代前半の大切な時間を無為に過ごしている気がした。とはいえ、選んだのも歩みを進めたのは自分。自らのキャンバスをグレーに塗りつぶしているだけなのかもしれないと思うと、ものすごく虚しく、悲しく、そして焦燥に駆られた。

楽しい世界を見たい。そう思った時に真っ先に手に取るのはiPhoneだった。Twitterを開けば、皆が生きてるってわかる。世界中の面白いことに触れられる。世界が変わっている瞬間に立ち会える。私はその中の端っこでその世界を見ている1人に過ぎないけど、それは明らかにリアルの世界よりも彩りがあるように感じるのだった。

​ふーっと深い息をはくと、前髪が揺れ、はらりと額に戻る。リビングを見渡す。誰もいない。

洗濯機をまわし、その間にシャワーを浴び、メイクを落とし、シャンプーの香りに包まれる。あーいい匂い。そうしてまた無駄に明日を迎えるのだろう。

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23歳の時に書きなぐった日記のようなものを発掘したので公開してみました。いい会社だったけれど、環境に馴染めなかったようです。

ちなみにこの後、私は休職して転職します。あれだけ「何者かになりたい」「ここではないどこかに行きたい」と願ったけれども、いつしかそんなことは考えなくなりました。

大人になる途中に、ちょっとくらい逃げてもいい。あのまま朽ち果てなくてよかった。今ではそう思います。

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