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1ヶ月だけど芸人をやってみた


ただの大学生がM-1グランプリに出場するまでのお話


初期衝動と末期症状

きっかけ

かの有名な芸人兼芥川賞作家が書いた小説を読んで、その熱量に共鳴した。いや、それ以前からステージに立つ人達への憧れはあった。人前に立つ面白さを義務教育の過程で学んできた気がする。21歳にもなって、『何か』になりそうと言われ続けている。5才児が親戚の集まりで話題の中心になるように今回の挑戦を楽しそうに多くの人達が見守ってくれていた。そういう意味でも負けたくはなかったんだ。

高校〜大学2年までの期間一番長く過ごした『あいつ』と疎遠になった。自分にとっての挫折の時代を共に過ごしてくれた『あいつ』は「お前が大学辞めたら一緒に芸人やろう」と言ってくれた。その時に笑いへの熱量を持っていたら本気で辞めていたかもしれない。でも、気が付いたときには『あいつ』が手放せないものを手にしていた。それが大人になるってことなのかも知れないし、これが戻りたいけど戻ることのできない、苦悩と葛藤の時間だったと今になって思う。

何処かで【友達の期限は7年】と聞いたことがある。あいみょんが「順風満帆と言われるのが悲しい。苦悩や苦労は時間じゃなくて密度だと思っている。」と云っていた。

同じ苦悩と葛藤という場所に居られなくなった時点で距離感が掴めなくなるのは必然だと感じている。

創りたいもの

話しは変わるが【誰もが対等に話せる自由な場所】を創りたいと思っている。でも仮に、それを造れたとしても自分が作り出した自由は自分にとっての自由であって、【誰もが】という部分から離れていってしまうだろう。だから、たったの2分間でも「誰か」をお喋りで笑わせることが出来る漫才に憧れている。

相方探し

小説を読んだ後すぐにTwitterを開いた。宮城県で相方を探してる人を検索してみた。そこで見つけたのが9回も漫才コンビを解散している「ねっくん!」という怪しすぎる男だった。

連絡をした次の日に逢うことになった。話してみると真っ直ぐにお笑いが好きで何度もM-1グランプリやR-1グランプリに出場している方だった。二人共やりたいお笑いの方向性が同じだったので7月29日にコンビを組むことになった。

M-1グランプリ1回戦仙台会場は8月27日の開催で約一ヶ月間漫才を完成させなければならなかった。そこから会える日は必ず2~3時間のネタ合わせをした。



そして、迎えた当日


自分は緊張していなかった。いや、結果的にいえば物凄い緊張していたのだが緊張よりも愉しさが勝っていた。

会場の緊張感に圧倒された。笑いに本気で挑んでいる人達が沢山いた。自分は敢えていつも通りの柄シャツにサンダルのスタイルで挑んだ。漫才の定番はスーツであり、サンダルで会場にいる芸人は自分以外一人も居なかった。控え室に入ってから何度もトイレにいき、舞台袖に移動してからも喉がカラカラになったので水を飲みに戻ったりもした。でも、普段のスタイルなので堂々と漫才に挑むことが出来た。


出囃子がなり、漫才が始まった…


何処にでも居そうな大学生と自分が持ってるキャラクターに近い穿った思考の男を演じることができた。セリフを一つも飛ばすことなく、最後まで漫才をやり切ることが出来た。お客さんの笑い声を聴く余裕すらあった。


退場後に舞台袖で出番を待つ芸人に「面白かったです!」と声をかけてもらえた。知らないおじさんに写真も撮られたし、別の大学の後輩も観に来てくれた。手応えはあったんだ。


結果発表を同世代の芸人達と待っていた。結果は観客が退場した後にインスタライブで発表される。同世代の学生芸人と話したり、お笑いファンのおじさん達から話を聞くのも貴重な経験だった。自分のやりたいこと、今までやってきたことを話すと「You Tube始めてくださいよ、絶対チャンネル登録します!」と言ってもらえた。自分のキャラクターがここまで受け入れてもらえるのかと感じた。


結果発表の時間が来た。


62組中15組程が通過すると予想していたが2回戦に進んだのは8組だった。結果を一緒に観ていた芸人の中には2回戦に進出したことのある芸人も居たので誰かしらは名前が呼ばれると思っていた。欲を言えば自分の名前が呼ばれると信じていた。その場にいた誰の名前も呼ばれなかった。


一ヶ月間で出来ることはした、出来たと思っていた。確かに堂々と漫才は出来たがそれは一ヶ月間の努力というよりこれまでの生き方の証明だった。名前が呼ばれなくて、安心している自分がいた。


憧れていた芸人というモノを知れた気がした。馬鹿に視えるときもあるが誰よりも面白くなるためにそう視える努力を繰り返しているんだと感じた。


会場を後にして、仙台を歩きながら、いつも通り古着屋を巡った。「M-1グランプリに出てきました」と色んな人に話した。そこで「NSC入るの?」とか「芸人目指してるの?」と聞かれた。

考えたこと

自分の初期衝動からの一歩目は一般的な人の一歩目より大きくて、進む方向が真っ直ぐ過ぎる事に気が付いた。
この素直さと行動力が自分の個性だと言い切れる。

自分が「何か」になるために藻掻いて生きている過程を多くの人達が楽しんでくれているように感じるし、自分が「どこか」に向かって進んでいる過程がそれを観てくれる人達の楽しさというか活力というかに繋がっていて欲しいと思っている。



自分が『なにか』になろうしている過程が誰かの糧になれるなら本望だ。

そこに生きている意味を感じている。


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