えんぴつ
嘘つきは一生嘘をついて生きていく。
嘘つきの線を顔中にひいて、
取り繕って装って、隠していなして逃げ惑って
焦ったり安堵したりを繰り返してそのうち生きている事に疲れた消しゴムのカスだけ集めた顔になる。
木曜日から月曜日までの5日間、朝8時半に起きて中目黒まで行く。
死にたい体を引きずって、いや、死にたい脳みそを引きずって。
身体は至って健康であるからややこしい。
10時に出勤してショップの掃除をし、11時からデッサンを開始する。
私は今タトゥーショップで見習いをやっている。
いっぱしの稼ぎを得るための選択であったが今となっては何の為なのやら。
絵を描く時の精神状態は、穏やかであるべきだと思っている。
見習いを始めて二週間が経つが一度として集中して描けた事がない。
19時の閉店時間までほとんど業務は無くひたすらデッサンをする。
そして8時間かけて完成させた物を師匠や兄弟子に見せて批評を頂戴するのだ。
5枚合格が出れば次のステップに進める。
一度たりとも集中して描けた事がない人間のデッサンに合格がつく日は来るのだろうか。
来ないだろ。
そのデッサンが終わったとしても、師匠や兄弟子が30分でも1時間でもこんこんと批評を下さるので終わったからと言って帰る訳には行かない。
兄弟子は殊勝に居残りでデザイン制作に取り掛かったりもするものだから、デッサンフェーズの小僧も仕方なしに再びスケッチブックを開いてみたりするのだ。
一見充実してそうに見えるのかもしれないが、どう足掻いたとて私の心は死んでいる。
目に映る全てに意味がないような気持ちでいるので何もかもめんどくさいと言う他ない。
昨夜は用事があるフリをして20時過ぎには中目黒から脱出した。
脱出したとて行くところは自宅のある阿佐ヶ谷か、隣の高円寺だ。
誰も友達がいない阿佐ヶ谷にまっすぐ帰る気にはどうしてもならない。
阿佐ヶ谷にまっすぐ帰るくらいなら高台から身を投げた方がマシだ。
したがって隣の高円寺で降りる。
高円寺で降りたとて、目的も、約束も何もありはしない。
あいにくその日は唯一友達がやっている飲み屋も休みと来たもんだ。
ただ、誰か知り合いを探して彷徨うだけだ。
それを無駄な行為だとなじる自分もいるが、寂しさに勝つ方法を私は今どこかに置き忘れたか、あるいは捨ててしまったか。
人生の階段を一つずつ踏み外すように降りて来てしまった途中のどこかにそれは多分転がっている事だろう。もう届かない。
高円寺を降りてロータリーを横切ろうと横断歩道を渡ると私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
そちらに目をやると知り合いのイギリス人だった。
私に会うなり、会えてよかった。としきりに言う。
話を聞くとLSDが決まりすぎてどこかの世界に飛んで行っちゃう所だったそうだ。
そこに見覚えのある私の姿が見えたので正気が戻って来たそうだ。
私はコンビニで酒を買い今夜はこの男と飲むことにした。
ロータリーの端に腰掛け缶チューハイを流し込んだ。
最近はどうだい?というお決まりのフレーズからイギリス人は話にならない。
ギンギンに開いた瞳孔をこちらに向けてぶつぶつと唇を動かしている。
私は微笑んで、大丈夫だよ。と言ってあげた。
するとイギリス人は笑顔になって、今私の顔を見つめているお陰で正気でいられる。と笑った。笑い続けた。止まらない。
そのまま腹を抱えて笑い転げた。
私も少し楽しくなった。
何もない生活、一人で死んだように生きてるだけの生活。
恨みは消えない。
街の中で、駅のホームで、
見かけたらどうしてやろうか。と考える。
考えながらまた中目黒。
考えながらまた鉛筆。
私の人生など、私が自らひいては消していく無数の線と同じだ。
なかったことにもならないから死ぬか塗りつぶすかの薄汚れた塊だ。
お前も同じだ。