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BFC6落選作

 ということで、ブンゲイファイトクラブ6の落選作です。残念ながら予選落ちでした。まあ通るものがあれば落ちるものがあるので仕方ないですが、これで闘って百字小説の可能性を世間に知らしめたかったなあ。うーむ、くやしい。そして、読み返したけどやっぱりこれはおもしろい、と私は思う。ということで、気が向いたら読んで感想をつぶやくとかしてください。よろしくお願いします。
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火星をめぐる断片


 海岸通りの映画館を出ると、山の頂には火星が見えた。長い坂道は鉄道の高架をくぐってそのまま火星までまっすぐ続いていて、映画を観たあとなら、火星まで歩いていけそうな気がしたものだ。まだ火星があった頃の話。

 あの坂の町に映画館がたくさんあったのは、映画館にとっていい土地だったからだろうなあ。海岸通りに鉄道の高架に地下街、すぐ後ろに迫る山々。いろんなところにいろんな映画館が根を下ろしていた。もう昔の話だが。

 今夜も火星の欠片を拾いに行こう。会社帰りによくそう思った。火星の欠片が散らばる丘への通路は乗り換え駅の高架下にあった。長い歩道橋と同じ高さのプラットホームに立つ人々は、夕空に浮かんでいるように見えた。

 その海辺の町が終点で、駅前でリュックを背負って宿を探しているところに声をかけられ、その家の離れに十日ほど滞在した。砂浜はあったが波が高くて泳げなかった。ベッドに寝転んで少しずつ火星年代記を読んでいた。

 あの頃はまだ娘はいなくて、二人でいろんなところへ行ったなあ。いや、連れて行ってもらった。私は大きいほうのリュックを背負って後ろをついて行っただけ。もうあんな重いリュックは背負えないが、また行けるかな。

 この有人火星計画の関係者の中に狸がいて、だから荒野の真ん中でいきなり出てきた美女に酒や料理をすすめられても決して手をつけてはならん、そもそもここは火星ではなく地球だ、と言うこの隊長、果たして本物かな。

 じつは地球だった、と思ったら火星だった、と思ったら地球だった、の繰り返しで、でもそういう方法で地球と火星とを行き来しているのなら仕方ないか。ならば今回も大袈裟に驚くことにしよう、と思ったらじつは――。

 ここの夕焼けがこんなに赤いのは、そう加工されているから。ここの空がこんなに青いのも、そう加工されているから。ここの人々がこんなに幸せそうなのも、そう加工されているから。つまり、それが火星式ってやつさ。

 滅びゆく火星人が、進化の袋小路から脱出しようと掘った抜け穴があるという。火星の地下は、夢の中の迷路のように錯綜した抜け穴だらけで、たまに間抜けな地球人が落ちて、火星人の夢の中で死ぬまで働かされるとか。

 無意識を共有することで正気を保っていて、ある距離内にある人数以上がいなければ、それが不可能になる。宇宙飛行士たちが火星への途中で必ず発狂するのはそういう理由で、だから人間が行けるのは月まで、という説。

 地球からある距離以上遠ざかることに我々の精神は耐えられない。だから有人火星計画の飛行士たちをリアルな地球の夢で包むのだ。地球で火星に行く夢を見ている。そう信じ込んだまま、彼らは火星へ行って帰ってくる。

 もう火星人はいないが、火星人の墓はある。火星の荒野に見渡す限り並んでいる。無人探査機のカメラに映らなかったものは他にもたくさんあって、だからやはり有人計画は必要だったのだろう。地球人にも、火星人にも。

 赤茶けた荒野の地平線あたりにプロペラがいくつも並んでいる。風力発電の風車のように見えるが、そうではなく扇風機。火星名物の砂嵐をあれで発生させている。砂嵐によって扇風機は見えなくなるから問題ないとか。

 行方不明になった探査機から、今も映像が送られてくる。火星を思わせる荒野に石がころがっていて、これが積み上がっていたり崩されていたり。ではやっぱりあの探査機は死んでいて、親より先に死んだ、ということか。

 目の前に広がるこの荒野のせいなのか、地球の夕焼けを連想させるこの色のせいなのか、あるいは西方浄土という言葉のせいなのか。自分でも理由がわからないまま、その独立火星探査体は、西へと向かうことを決定した。

 近所の銭湯が廃業して、でもまた営業を再開したのか、と来たが、タイルの絵はなぜか赤茶けた荒野。まあお湯の中から眺めれば、この味気ない風景も別の味わいがある。しかし番台にいるあの蛸みたいな生き物は何だ?

 近所の坂の途中にたくさんの実をつける柿の木があって、西日の射す時刻にその下に立つと、いくつもに発散した火星を見上げている気分。こんなに大きく火星が見えるここはたぶん、分裂したそんな火星のひとつだろう。

 バスタオルを干しに出た物干しで、すっかり涼しくなったからもう煮干しも何も食べないくせに、でもなぜかすり寄って来る冬眠準備中の亀と並んで見上げる火星は梅干しのように赤いが、火星ってあんなに赤かったっけ。

                (了)


犬街ラジオで読みました。
https://twitcasting.tv/inutogaito/movie/805028897


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