〘お題de神話〙 穣かなる(ゆたかなる)
華麗に舞う姿に目が釘付けになる。
(……これは夢か……)
その時、心は決まった。
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「お前はいつも歌ったり踊ったり元気だな」
背後からの声に少女が振り返った。声の主が見知った仲の相手と認め、花よりも美しい顏がほころぶ。
「一緒に踊らない? 多聞」
「冗談はよせ。おれに舞踏など出来るわけなかろう」
多聞と呼ばれた大柄な少年が眉をしかめた。
「今のは大祭で披露する舞か?」
「ううん。これは私が勝手に振り付けただけ。大祭で舞うのは違う型よ」
「そうなのか」
「覚えてないとか……ホントに多聞って舞踏には疎いわよね」
「放っておけ」
少年の表情がさらに渋くなると、少女はまたコロコロと笑った。面白くなさそうに視線を外した少年は、だが聞こえるか聞こえないかほどの声でつぶやいた。
「……おれは今の方が良かったと思うけどな……」
「何か言った?」
「いや。本番、がんばれよ。阿修羅王の舞に負けぬようにな」
からかうように言われ、少女は思い切り「イーーーっ」と舌を突き出し、逆に少年の顔をほころばせた。
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大祭は須弥山をあげて大々的に行なわれる。豊穣を祝う祭りなので、もちろん料理や飲み物もふんだんに振る舞われるが、主役は奉納される舞踏や楽だった。
中でも人気なのが天龍八部衆の一柱・阿修羅王の演舞で、様相は異なるものの少女が舞踏で目指すところでもある。
観衆を魅了する阿修羅王の演舞が終わり、まだ熱気が冷めやらぬ中、少女はひとり演舞場に立った。
(よりによって阿修羅王の後とは……)
多聞がどれほど案じても、結局のところ主・帝釈天の傍で見守るほかない。
「ほう、これは……」
しかし、舞が始まってすぐ、帝釈天が感心するように声を発した。周囲からも次々とため息が洩れる。
(あれは……)
袖をふわりふわりと5回ゆらす独特のその型は、これまで大祭で舞われて来たものと明らかに違っている。
「何と優美なことよ」
「以前の舞よりもさらに艶やかな……」
この時、少年は初めて己のひとり言が少女の耳に届いていたことに気づいた。
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そのひと言のためだけに大祭という大舞台で型を変えてみせたこの少女こそ吉祥天であり、後に彼女は四天王として北方を預かる多聞天の妻となる。
光り輝くあの頃のまばゆさを忘れることはないが、今、目を細めずにいられないほどやわらかな光をにじませる妻を見るにつけ、隣に在る道を選べたことこそ、己の生に於いて最大の収穫だと多聞は思うのだった。
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多聞天と吉祥天は共に五穀豊穣でも崇拝されており、実際夫婦でもありますが、ふたりが幼なじみだったとか吉祥天がお転婆美少女だったとか大祭で阿修羅王の舞を目標にがんばってたとか、そーゆう設定は妄想像で補完されております。
そもそも少年少女時代があったとも思えませんしね。(キリッ
ただ、『吉祥天が袖を5回振った』というのが、天武天皇の時代以降、豊穣を祝う大嘗祭、新嘗祭に於ける『五節の舞』に繋がった、とされているそうで、これが日本の雅楽に於いて、唯一女性が演じる舞なのだとか。
ムリくりっぽく阿修羅王が登場してるのは単に私の推しだからです。 ←
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