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〘新話de神話2〙異聞・瀧夜叉姫
清廉だとて。
悪辣だとて。
所詮は時流に飲まれるのみ。
例えそれが悪であっても受容される時があり、どれほどの正論であろうと打ち捨てられる時もある。その時、己に都合の良いことだけが選別される。
『己』とは力ある者──時の権力者の心ひとつのこと。
その争いに敗れた者にはもはや、何を申し開く人権すらない。
*
目の前には、妖しい空気を纏いながらも目を奪われるほどに美しい女。
彼女は己が平将門の娘である、と口上した。むろん、その事実を知った上で、男はこの地に赴いていた。
「……それが、鬼道へ身を堕とした理由か、瀧夜叉姫(たきやしゃひめ)……」
『理由……? 理由が必要と言うのであらば、そう思うておくが良かろう』
「そなたは、そなたの父に義があると思うておるのか?」
『ふ……これはこれは……義などと面映ゆい。本当の義など何処にあろうか。我が父が新皇の名乗りを挙げたは政(まつりごと)への異議申し立て。謀反人とされたは、その方らの大義名分のためであろうが。大宅(おおや)……光圀(みつくに)と申したか……』
平将門が討伐された後、下総国では奇怪な騒動が起き始めた。何者かが朝廷に対して反乱を企てた、と言うのである。しかも、面妖な力を使うと瞬く間に噂は拡がり、将門公の祟りではないかとまことしやかに囁かれた。
朝廷に話が届く頃には、件の首謀者は女子(おなご)で、妖術使い『瀧夜叉姫』であることまでが明らかになっていた。また、彼女が平将門の娘であり、父の無念を晴らさんと貴船明神の力を借りたことも。
朝廷より討伐を命じられた大宅中将光圀は、今、まさに瀧夜叉と相対していた。
『俵藤太(たわらのとうた)も詰めが甘いわ……あの時、何故(なにゆえ)我が命も取らなんだ……さすれば……』
(俵……藤原殿か……)
俵藤太とは、平将門を討った藤原秀郷(ふじわらのひでさと)の別名である。陰陽頭を務める賀茂氏とも関係が深い秦氏の娘を娶っており、人に在らざるものをも討ち取る力を持つ、と言われていた。
だが、鬼気迫る眼(まなこ)の中に宿る、言い知れぬ哀しみ。瀧夜叉の言葉の続きが、光圀にはわかるような気がした。
人ならざる者……妖(あやかし)となり、人の血をすすり、肉を喰らい、心を引き裂いてまで生きたいと願う者などいようはずもない。生き永らえたために、一族郎党が根絶やしにされる様を目の当たりにし、地獄絵図を見、やがて自らも堕ちるしかなかった心中は如何ばかり。
「そなたの言い分はもっともよ……それでも、罪は罪。市井の者たちを脅かす所業、赦す訳にはゆかぬ」
静かに言い放ち、光圀は太刀を抜いた。
『ほう……天地(あめつち)の気配がするの。お主、術者かえ』
光圀は答えなかった。ただ、鈍く光り始めた太刀を見、瀧夜叉が薄く笑う。
『なかなかの力……だがの……鬼返しの術では、我を祓うことは出来ぬぞえ』
言い終わらぬうちに、辺りの空気がざわつき始めた。肌に纏わりつくヌメるような気配に、光圀の喉の奥がざらつく。
「それが、そなたの本性か」
顕になった鬼女の面(おもて)に、だが光圀の声音に恐怖の色はなかった。
『なるほど、確かに肝が据わっておる。それでも、そなたの力が強ければ強いほど、我を倒すには逆効果ぞ』
「何……?」
身構える光圀に、血のような紅をひいた唇が妖しく微笑んだ。陽炎のようにゆらりと立ち上がると、大きく抜いた襟から目を射るほどに白い肌が匂い立つ。
『悪鬼を憎む心も、また憎しみ……積もり積もって、我が喉を潤す……』
「むっ……」
瀧夜叉の言葉を聞き、光圀は構えた太刀から力が抜け出ていることに気づいた。
「なるほどな……」
つぶやき、太刀を逆手に返すと床に突き刺す。
『……何の真似ぞ? おとなしゅう喰われる覚悟を決めたかえ?』
「いや……」
首を振った光圀は、静かに瀧夜叉を見上げた。
「人の心の情けで送ってやろう。真(まこと)の、な」
『なんじゃと?』
訝しむ瀧夜叉に手を差し出す。
『何を言い出すかと思えば……』
光圀が言わんとすることを理解出来ぬでもない。だが、術者である男の言葉を鵜呑みにするほど無垢な心などとうにない。
『馬鹿にするも大概にせい! お主の情けになど縋ると思うてか! そこいらの遊女(あそびめ)と一緒にするでないぞ!』
柳眉を逆立てる瀧夜叉に、光國の方は眉ひとつ動かすことはなかった。
「だが、そなた、真は終わらせたいのであろう?」
『こやつ……!』
カッと見開いた眼をゆっくりとひそめ、やがて瀧夜叉は酷薄な笑みを浮かべた。
『我に触れれば、それだけで精も根も尽き果てるやも知れぬぞ』
試すが如く物言いに、光圀はただ笑う。
「それならそれも良かろう。そなたのような美しい女子(おなご)に果てるとあらば、それもまた一興……我が命運もそれまでと言うことよ」
予想外の言葉に、瀧夜叉の薄笑いは掻き消え、二人は互いを凝視した。
『……面白い。良かろう……その身で試してみるがいい』
気を取り直した瀧夜叉は、不敵且つ艶美な笑みをたたえ、ついと一歩踏み出した。得意気に差し出された白い右手を、光圀が左手で受ける。
『……むっ……』
勝ち誇る瀧夜叉の笑みは、その一瞬で凍りついた。
(何と……! こやつ、真に我を微塵も恐れておらぬ……!)
手を通して直に伝わって来る気配が、光圀に恐れも邪心も、まして野心すらないことを物語っている。
「戦(いくさ)など、人が人に怨念を募らせるなど、虚しきものよ……」
つぶやいた光圀は、握った手を一気に引き寄せた。驚き、本能的に身を引こうとした瀧夜叉が、人であった頃に知っていた温もりに硬直する。
「……良い香りがするな……花の香(こう)か……?」
『…………!』
身を固くした瀧夜叉の脳裏に、ひとり言ともつかぬ光圀の言葉がある歌を思い起こさせた。
他所にても 風の便りに 吾ぞ問ふ
枝離れたる 花の宿りを
~平将門 『将門記』
立場は違うが
風の便りにでも私は問いたいのだ
枝を離れてしまった花は
その後どうなるのかと
空(くう)を見つめたまま硬直する耳に、さらに懐かしい言葉が飛び込んで来る。
「五月姫(さつきひめ)……」
聞いた瞬間、瀧夜叉の面(おもて)に浮き出た鬼の険が消えた。
──五月姫──
それは瀧夜叉が人であった時の名。父、母、兄妹、そして家臣に呼ばれていた名であった。
(……父上……母上……)
あふれた涙の熱に、怨念に凝り固まった身が溶かされてゆくのを感じ、瀧夜叉──五月姫は光圀の腕に心ごと身を委ねた。
*
光圀が目を覚ますと、そこは荒れ果てた城跡であった。
「全てまやかしであったか……」
だが、夢ではない。光圀の手には、瀧夜叉姫に触れた温もりが確かに残っており、鼻孔の奥には花の香りがくすぶっていた。
「ふむ……まさしく一世一代の美姫……忘れられぬ一夜であったは間違いないな……」
冗談とも本気ともなくつぶやいたその時。
「大宅殿ー! 光圀殿、ご無事でござるかー!」
光圀の耳に、この討伐の同道者である山城光成(やましろのみつなり)の声が届いた。
「おお、山城殿!」
「光圀殿……! 途中でお姿が見えなくなった故、もう駄目かと……ようご無事で。さすがでござるな」
「……いや、瀧夜叉姫は我が説得に応じ、自ら身を引いてゆかれた。お陰で助かり申した」
「なんと、左様なことが……何にせよ、これにてお役目は果たし申したな。我らも引き上げるとしましょうぞ」
うなずく光圀と山城の傍を、微かな花の香りを含む風が通り過ぎて行った。
~終~
***
今回、この話が成瀬川るるせさんの話と微妙にモチーフが被ってるのはもちろん偶然ですww 吉田翠さんの賀茂秦八咫烏(←なんだこれ)とも名前だけ掠ってますけどwww
本来これ、神話って言うより限りなく伝説と言うか伝承……って言うより、丑の刻参りで鬼女になって大宅光圀に退治される、ってのは歌舞伎がモチーフですね。退治のされ方はもちろん違って、この辺が私の MO☆SO なワケですが( ̄∇ ̄)
実際の有力な伝承だと、五月姫はどこぞのお寺で出家して尼さんになって菩提を弔って生きた、的な仏話らしいので、こっち方向に来ました。(どっちだよ)
皆さんにはおわかりかと思いますが、もう、ホントに、全く信じちゃダメなヤツですからね? ←
と言うことで(?)、寛大な皆様、今回も That's MOSOtainment!にお付き合い戴きましてありがとうございました❣
あ、あと、話だけでなくセリフ回しは昔見ていた時代劇の何となくの記憶だけで書いてるので、おかしいとこ是非コメ欄で教えてくだせーwww
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